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2006年5月 2日 (火)

第一回経穴講座感想

 第一回経絡経穴講座

 「自分が知ってる事位みんな知ってる」とか言いやがって!

 今回の六然社主宰の寄金氏による経穴講座を通年で開催するというのは、私にとってはようやく実現出来たというかここまで来るのには結構苦労したのです。
「乗り気じゃない」とか、「僕の知ってる事くらい普通の人は知っている」とか。要はめんどくさいんでしょうけど(笑)、某学校で東洋医学の世界観のかけらもない経絡経穴の授業を受けて来たワタシにとって、この本屋さんからでてくる話は、「まさに東洋医学ってこういうもんじゃない!」って目から鱗が落ちた回数は数知れず。……実際、この本屋さんの授業を受けた臨床数十年の経験豊富な先生達が「経絡経穴について考え直すいい機会になった」とか、「ああいう話をあれほど分りやすく説明出来る人は少ない」とか「経絡経穴について忘れていた事、知らなかった事の多さに恥を感じる、自分の臨床が知らないままパターン化していたことに気付かされた」等と評しています。そういう評価からも、東洋医学がやりたかったのに学校へ行って鍼灸を嫌いになりかけちゃった人や、これから教員になって、東洋医学を学びにくる人達に話をしていく立場の先生方にも是非一度耳にしておいて欲しいと思って、寄金さんや長野先生の講座を企画しているのであります。

 長野先生も寄金先生も、《過激》なイメージがはびこってますが、実際にちゃんと関わった人は「優しんですねぇ」って衝撃を受けてます(笑)。お二人が患者さんに接するのを見させてもらった事もありますが、ひじょ~に頼もしい、患者さんから信頼を寄せられる対応です。いたってノーマル。個性的でイッチャッテイル先生には結構お会いしますが、そういう感じはありません。なんせ、あの知識量でありますから、説明一つとっても要点を突いていながら、分かり易く伝わるのであります。いつも、こっそりメモってますが、ワタシでは周辺知識が少な過ぎて、会話が膨らみません。知識に加えて、手技もすごいし。マルチですねぇ。この辺りの話は又今度。

 さて、ようやく実現した第一回目は、総論的な話と講義をして行く上でのスタンスを説明するとの事でした。なので、一回目に参加しない方は、通年の参加は遠慮して欲しいとのシビアさ(それ以降の回を聞いていてもしかたない、というかいちいち話を蒸し返さないといけないので、各論だけ聞いて頂くのは意味がないという事でした)。
 また、何かの買い物には「クーリングオフ」ってのがあるから、一回目は無料でも構わないくらいの事を本屋さんは言っておりました。事実、返金する為のお金を封筒にいれて人数分に近く持って来て講義に臨んでいました(あぁ、ほんとにやりたくないんだこの人、ってその時思ったのであります)。

 その割には講義は結構パワフルで、聞いてる側は圧倒されっぱなし。特に本屋さんが「仮想敵(笑)」と称する鍼灸学校の教員になろうと養成科に通っている方は、「膀胱経に五臓六腑の腧穴が揃っているのは何故ですか?、とか、なんで脈診で身体の状態が分るんですか?って学生に聞かれたらどうします?」とか、「経絡が循環しているんだったら、肺経、大腸経って陰陽陰陽と来て、最後の陰経の肝経からまた陰経の肺経にってなんで陰陰ってそこだけそうなんですか?って突っ込まれたらどう答えるんですか?」とか、「太陽が当る側が陽だって言うなら、どうして胃経は前にあるのに陽経なんですか?って答えられます?」とか突っ込まれていてタジタジ、殆どイジメであります(笑)。でも、学校の先生だったらそういう質問には逃げずに答えて頂きたい。お金をもらっている以上、プロでありますから。 ちなみに、仮想敵の方々は初回で退くことなく、今後も参加されます。作戦成功!こういった方向性を持つ先生が増えたらいいなぁと思うのであります。

 まあ、そういった受講者への突っ込みも交えながら、伝統医学をとりまく世界観や、歴史観を含めた全体的な流れの話から始まって、江戸期の流儀書柳川流の『鍼家発揮』の中から「鍼家五戒」や、『素問』の八正神明論や宝命全形論の話とかがちょっとあって結構盛りだくさん。
 ワタシが印象に残っている話を一つあげてみると、天人合一と人体との関係について述べたもので、例えば、膈上膈下の問題について、膈上(天)は清虚だからなるべく澄んで虚しているのが望ましい(例えばだから痰があっちゃだめ)、一方膈下(地)は濁実なのが実体なので(だから、胃内停水とか腹満みたいに水が水としてあったり空気が空気としてあったりすると調子悪い、つまり混ざりあっていないから)、上実下虚が身体に悪くって云々、と言ったもの。おへそより下に「天」の字がつく経穴はないっていうのも言われて初めて気がついたけど、この膈上膈下の考え方を持ってるか持っていないかで東洋的な身体観って大分変わってくると思われまぷ。
 どんどん時間は過ぎていき、一回目は、殆ど経穴経絡の話に入る前に、終わってしまいました。でも第一回目は肺経からと思いきや、そうじゃなくて督脈から始めなくちゃいけないという本屋さんの主張が展開された講義には、クーリングオフは一件もなく、とりあえずみんな救われたような顔をして帰っていく人もいて、次回に期待が膨らんでるみたいです。
「だからワタシ言ったでしょ」と本屋さんの無駄な努力(ワザワザ銀行へ行って、返金分をセコセコ封筒に入れて準備していたので)を横目にしつつ、果たしてあの場で「金返せ!」と言い出せる人間が居るのだろうか、居たとしたら相当大物か、結構面白い人であるに違いない・・・などと思ったのであります。

 本屋さんはもともと配った資料を読み上げるだけの教員や、板書を写させたりするような授業が大嫌いだというだけあって、鍼灸は結局、「気合(集中力)が全て」とか言い切っちゃうし、ツボや経絡は理屈的には矛盾だらけ、治療家は技術が必要でそれが一番大事(医療である以上。ある程度の西洋医学的知識は当たり前の素養ともいったけど)、等と、学校等では先生が避けて通る部分をばっさり!。
 《気合》で治すなら知識は必要ないのか??と思う方も居るかもしれないが、ここでまたイイコトをおっしゃるのであります。「経絡経穴理論が必要なのは何故かと言うと、そうした(経絡とか経穴とかを使って治療する以上)自分に嘘をつかないため、……ではどう考えていくのかを、各自が構築しなければならないし(ココポイント)、その為には、東洋の伝統的な世界観をちょっとでも理解しているのとしていないのとでは、大きな違いが生じて来る……。だからツボや経絡の前に、雑学的な先天後天や、三才や、三焦や五行の話なんかを知らないとマズイんだよ」と。この他にも、学校教育のおかしな所や、歴史の話がわあーっと大量に出て来て、圧倒されちゃいました。いつものごとく。何回聞いても、初めて聞いたような《目うろこ》に出会うのでやめられません(笑)。

最後に、実際に参加された方からの感想文も掲載しておきます。

〓〓出身@★★です。直前に、滑り込ませていただいて、ありがとうございました。

さて、寄金さんの講座についての感想です。
中国から帰ってきて、どうしても穴の特性について、勉強しなきゃ、と思っていた矢先。まさに、いまの自分が知りたいこと、の講座だったと思います。
東洋医学的な経穴の授業が学校では聞けないって意見も聞いた事が、あったんだけど、ジャストそうじゃん、って同感でして、そのひとつの解答の講座なんですね。

で、初回を聴かなきゃって寄金師が仰っていた意味も自分なりにもわかったし、
この前提がないとこれから先、どんな治療をしてもダメじゃん、って思います。

「天人合一思想」に基づいた経穴観。そのほんの入口を見られただけでも、嬉しかったです。ありがとう。

私は、寄金師だから、もっとカラダの使い方と経脈、経穴の相関性みたいな話をなさるのかな、と勝手に予想していたんだけど、けっこうアカデミック(?)な内容で、それもまたおもしろかったのです。

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