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2006年7月27日 (木)

7・19 長野先生「陰陽五行説」最終回 感想

ラスト3回目の≪陰陽五行説≫講座でありました。第三水曜4:15からの2時間枠が4月より連続で行われてきましたが、秋からの新講座の告知が冒頭にございました!

当初、≪色体ちゃんリターンズ≫を予定しておりましたが、「同じテーマより違う方がいいでしょ?」と長野先生。でも、同じテーマだってネタは満載なんだから話す内容だって全然違うはずだからなぁ・・・と心の呟きを吐いてしまおうかと思った瞬間。「今度は『診極図説』の解説にしましょう」という予想外の展開へ!

『診極図説』という名前はよく耳にしておりました。長野先生の顔を見る度に本屋さんは「先生、『診極図説』お願いしますよ」って催促していましたですよ。〔無理やり締め切りを引き伸ばす先生〕と〔頭を下げてお願いする編集者〕の良く有りがちなパターンだ、と現場を頻繁に目撃していたワタシは思っていたですよ。

『診極図説』は吉益東洞の直弟子、瀬丘長圭によって書かれたもので、ここから『百腹図説』の流れがあるそうです。先生曰、ようやくいろんな資料が手元に揃って、この本と周辺の全体像がまとまってきたので、機は熟しつつある。漢方の腹診であるこの本が日本の按腹に与えた影響(日本独自の直感重視の原点ではなかろうかと本屋さんは申しております)、そして、そこから指圧へと発展した経緯、例えば、近代の指圧家増永静人先生らは明らかにその影響を受けている、という流れが存在するそうです(玉井天碧から増永静人への流れは、多分に霊学的要素が強い、と本屋さんは言います。ですので、増永静人先生に縁のある者がそういう方向へ行くのもあながち無理はないそうな)。シュガイザー先生の講義は全2回。10月18日(水)と12月20日(水)、4:15~6:15、会場は未定です。詳細は追ってご連絡いたしますね。12月には書籍の出版がされている予定ですので、本の解説も含まれます。楽しみが増えましたですね。

さて、話しを「陰陽五行説」へ戻しませう。

①五行を臨床で応用するには、六行化と四行化といったことをします。火を君火と相火に分けて六行。土を中央へ配置し、東西南北に置き換えた四行。これって、今まで普通に習っていたことですけど、概念の整理整頓というか、「何をしているのか」ってことを考えた事もありませんでした。先生がよく仰る「こういうもんだから憶えとけ」っていう学校鍼灸の悪弊の一つだったわけです。先生の説明を聞いていると随所で、ワタシはいかに頭を使わずに鵜呑みにしているのかを思い知らされますねぇ。

②視点次第でどんどん変わっていくのが陰陽論ですが、連想ゲームのように次々と具体例を図にして説明されました。先生の手腕に掛かれば、顔はお腹側なのに陽で、お尻は背中側なのに陰という矛盾が馬と機関車トーマスの絵でスルっと理解できるわけでございます。

③本屋さんの師匠の一人でもあるらしい、古神道の大家、大宮司朗先生の著書『古神道の身体秘伝』(ビイング・ネット・プレス発行 1600円+税)より為になるキーワードを紹介。曰く、「火足:ひたり」、「水極:みぎ」。確かに心臓は左にあるし、学校でも「左は陽で、右は陰」とも習ったのでありました。こんな意味があるなんて・・・と日本語の奥深さを垣間見ましたっす。この御本はとっても分かりやすく神社参拝のお作法が解説されています。無知なワタシにはありがたい一冊でございます。因みにご覧になった事のある方もいらっしゃるかと思いますが、本屋さんの参拝は芸術域です。美しいぃぃ~。ようやく「二礼二拍手一礼だったな」と緊張せずに出来るようになったワタシですが、鳥居を出る時は本屋さんのように「振り返ってお辞儀」をこっそりまねっこしています。「玄人はそうするもんだ」と言ってました。「神社は拝んだり願ったりする場所ではなく、感謝する場所である」との本屋さんの持論です。

④左右対称と左右非対象。これが訳の分からん、臓腑学説を理解するキーワードだそうです。

⑤陰陽可分の話から、『標幽賦』、曲直瀬玄朔が用いた「日用灸法」「日用針法」へと話しが展開。恐るべき知識量で、ネットサーフィンならぬ、鍼灸史サーフィンといった感覚です。「聞き逃せないっ」って話しばっかり。

⑥木火土金水の役割を通して、魂神意魄志がどういった性質を持ち、人をどう行動させるのかといった説明を図式で。それにしても、先生は図式化するのがお得意です。初学者にとってこんなに有り難いことはございません。「難しい話しを難しく」、「知らない奴にはわかるまい」方式のくせに「わかりやすい~」といったタイトルだけ付いた、さっぱり理解不能な講義ってのが大体の相場じゃないですかね。本屋さんが「長野さんは天才だ!」とよく呟いているのもうなずけます。

先日、神保町での本屋漁りから帰還した先生に「今日の収穫は??」と伺った際の事。タイトルも著者名も鳥の脳を持つワタシはすっかり忘れてしまいましたが、先生曰「この人の初期の本は面白い。最後の方はイマイチだけどね。きっと僕もそう言われるんだろうな」と。その真意が掴めず聞いてみると、「論文書いていた頃は面白かったけど、色体ちゃんとかツボエクササイズとかやり始めた辺りからねぇと、諸先輩方から影で言われるに違いない」という事のようでした。そうかなぁ・・・。こんなに理解しがたい物を、鍼灸学校一年生の素人さんに理解させる仕事の方が先生が産み出したものとしての価値は大きいと思うんですけどねぇ。トップクラスのものを底辺へ持ってこれるというのは並大抵な事じゃございません。唯掌論もそうですが、教員がこういった存在に気付いて取り入れていったら、鍼灸師の質は変わりますよねぇ。

⑦「心の問題を体で治していけるのが鍼灸の面白いところ」と。いつぞや、先生の臨床を見学させて頂いた事がありますが、3つのベッドを回りながらの治療ですから患者さんとゆっくり対話している場面はほとんどありません。「心の問題」を個々の鍼灸師がどう捉えているのかについてワタシ的には興味がありますが、カウンセリング的要素を含まずとも、こっそり体から変えてゆく事が出来るのが理想であります。因みに本屋さんの治療でも、何人もの女性が治療中に泣き出したという現場にいたり、話を聞いたりしております(部屋から出て来た顔見れば分かります)。治療室に入っていない場合は実際には目撃してはいませんが、本屋さんの臨床スタイルから想像するに、医療面接的「開かれた質問で患者の思うように話させる」ようなことから感情が吐露され・・・・ってのは絶対に無いと断言できます。だいたい、本屋さんは主訴を聞いたら、大抵すぐに治療に入ってしまいますし、一言二言、質問っていうよりは確認を取るように聞いてみるだけです。でってことは、普通に体を触り、鍼を刺し、灸をすえってだけで起こっている現象なのでせう。感情の発露があると、どこかすっきりして主訴も軽減することが多いようですが、「つまり湿邪がとれたんだよ」って本屋さんはそっけなく分析してみせたりするのでした。「カタルシスが起きて…」とか「前世の因縁が……」とかそういうのニコイチは大嫌いみたいです。この間は「もし、前世があるんだったら『冥土喫茶』っていうのを作って『お帰りなさい御先祖様』とかやったらいいんじゃないか」とかおかしな事をいってまぴたです(笑)。

シュガイザー先生に話を戻します。

⑧脈診の際に手首を触りながら、内傷/外感の見極めをこっそりする術をご披露。先生は具体的な治療法は滅多に仰らないのですが、体の見方の一例として心因性の動悸にはゆるめるポイントを伝授されました。8月3日のツボエクササイズの予告のような感じです。また、治療原則として「ココとココを緩める」という、聞き捨てならない名言をボソッと吐いてましたよ(笑)。伝統的な鍼灸の世界観(心身一如)が分かってくると、心理学をやらなくたって、体を緩めて心を緩める事ができるようになってくるんですね。

おしまい。

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コメント

暑中お見舞い申し上げます。m(_ _)m

投稿: hallick | 2006年7月27日 (木) 19時00分

×大宮司郎
○大宮司朗
イエローカード(笑)

投稿: 何若基 | 2006年7月27日 (木) 22時25分

しまった・・・・。やってはいけないミスを犯してしまいました。イエローカードというより、一発退場に近いものがあります。気をつけます。はぁ。
気を取り直して。halickさん、暑中お見舞いカードありがとうございます!!

投稿: ワタシ | 2006年7月29日 (土) 01時46分

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