7月15日に行われました、歴試講座『皆伝入江流鍼術』は古典に馴染み切っていないワタシ的には想定外の展開でした。本にある、個々の図の説明が中心になるのではと睨んでいたのですが・・・。本屋さんにその事を終った後で言ってみると、「歴試と書いてあるだろう!入江流の背景を知って、周辺知識を入れる事で本の理解が深まるのだ!何のために長野先生が話していると思ってんのよ」と一喝されてしまいました。講義の雰囲気をお伝えすると、入江流にまつわる当時の日本鍼灸の流れを壮大な背景を皆の前にどど~んと展開しつつ、要点を簡潔にまとめあげた3時間ってとこでしょうか。年末大河ドラマスペシャルを見終わった後の充実感に似た感覚に包まれて、我々は翌日の本屋さんの経絡経穴講座へと濃密に繋がる週末だったのであります。
①まずは、よくある説明。杉山和一が弟子入りした山瀬琢一はあんまりにも出来が悪い和一を自分の師匠筋の入江家へ押し付けます(ココの表現が長野式なんですけど:笑)。「自分の師匠へ出来の悪い弟子を押し付けるのもひどい話しだ」とのコメント(もちろん、その意図は後述されます)。この後、江ノ島にて奇跡の≪管鍼法発見伝説≫へ繋がるのですが、ここまでが学校鍼灸レベル。この枠をどう軽々と超えて、どういったストーリーが歴試家長野仁から展開するのか。「次は、次は!」と期待に胸を膨らませて聞いていました。
②『皆伝・入江流鍼術』の出版までの経緯について。ワタシが鍼灸学校へ入学した時点ではもうこの本は出版されていたので、杉山和一の前は入江流に続くというのがすんなりと学べたのですが、実はずっと謎に包まれた≪名のみありて形無し≫といった三焦みたいな流派だったそうです。この元本の発見は世紀の大発見だったと改めて認識しました。 説明しよう!明治天皇の侍医であった浅田宗伯が持っていたこの本を、その後中野康章氏が手に入れ、死後に放出された蔵書を東大と大同薬室文庫で大部分を受け継いだ中で、行方が分からなくなっていたそうです。それを大同薬室文庫からですね、内藤くすり博物館の仕事がらみで赴いていた古典ハンター・シュガイザーの飽くなき熱意に引き寄せられて、ミッシングリングだった入江流が日の目を見たのであります。余談ですが、東大図書館は火事に遭い蔵書の大半が焼けてしまって、随分と貴重な資料が無くなってしまったそう。 また、収集家が亡くなると市場へワッと本が出るそうでその仕組みにも「なるほど、なるほど」と勉強になりました。 (余談ですが、『昭和鍼灸の歳月』にも関西地方の著名な鍼灸家としてお名前が出てくる保寶弥一郎という先生がいらっしゃるそうですが、この先生の蔵書が古書肆に流れた時、ニコイチらはかなり奔走したそうです)。 ちなみにシュガイザー先生が個人で購入される図書費は年間数百万で(今日の講座で一番衝撃的だったお話しかも:笑)お勤めになっている鍼灸学校の図書費を上回るそうです。なので図書館レベルじゃない蔵書数を誇るわけでありまして、長野先生の死後は一体誰が引き受けるのかと今から話題になっています。馴染みの古書屋さんがまた儲けられると長野先生が言えば、誰もこんなに買わないから結局日の目を見ないと本屋さんは冗談を言っています。
③銅人人形という漢字表記のアレコレ。4月に上野の国立博物館にて展示されていた銅人人形を見て来たワタシは「木で出来ていたから銅人じゃなくて、経絡人形って言うのかなぁ」と大きな勘違いをしていまして、本屋さんに「長野先生の論文読んでないでしょ」と切り捨てられた経緯があります(涙)。でも、長野論文をもうじき全部読破しちゃうもんね!中国のと日本の違いは単に素材が違うのではなく、経穴を結ぶ線の描き方が表す特徴を教えてもらいました。
④杉山流の数少ない継承者であった馬場美静氏、この先生の流れは姥山薫先生へと続くわけですが(本屋さん談)、この馬場美静氏の本を借りて、森田蒿英という先生が(六然事務所には、柳谷素霊氏がこの人の講演会に出ていた記録が残っています)ガリ版刷りで『杉山眞伝流』の本を出版した事があります。この本は様々な影響を与え、三部書の発行や、百法鍼術の存在を明らかにする形で世の中に残っているわけですが、もともとの真伝流のオリジナルの姿の全貌は知られる事がなかったわけです。でも、杉山神社からもともと馬場美静氏所蔵の真伝流の本と巻物が発見され、様々な紆余曲折(この辺りの事情は聞けば本屋さんが一時間位かけて話してくれます)を経て、二年程前に桜雲会から復刻出版されました。(この『杉山眞伝流』限定800部は既に売り切れです)。 森田氏の出した本はガリ版刷りで大事な出典部分等、随分とカットされていたモノだったそうですが、この発見されたオリジナルには「入江曰く・・・」「内経曰く・・・」「医学入門曰く・・・」等とたくさん入っており、これによって杉山真伝流の技術や思想の由来が分るだけでなく、人物的な繋がりも見えてくる部分もあり、当然ながら六然社がだした「入江中務〜」の事も書いてあり、歴史的に『皆伝/入江流鍼術』の本が杉山流の先祖に連なる事がはっきりと証明される事にもなり、日本鍼灸史上、兎に角凄い発見である事は間違いないそうです。
また、馬場氏達の年代は今年の多賀フォーでも講演していただける昆健一朗先生の1〜2世代前に当たる時期になるそうですが、昆先生は昭和鍼灸な皆様が「古典へ還れ」を鵜呑みにして内経&難経ばかりに没頭する中、『金針梅花抄』や『鍼灸大成』を読み込み、中国の鍼灸家と学術交流を盛んににしていた卓越したセンスの持ち主であるのと、長野先生が敬服するぐらいの毒舌だそうでありまして(六然社から発行予定の昆先生の序文は凄すぎる:辛!)、個人的に9月2日をすっごい楽しみにしています。
話しを戦前に戻しますが、馬場氏の元に杉山流を教えて欲しいと頼んできた若かりし頃の柳谷素霊一派は、「お金を出すから、エッセンスを教えて」と無茶苦茶な横道ルートを使おうとされたようですが、当時の鍼灸業界の主要メンバーからは全く相手にされなかったそうです。なので、ちゃんと習ったわけではない杉山流の手技を、今で言ったら「コピペ」切り貼りして作った物が現在の学校協会の教科書にまで残った17手技のルーツだそうです。ワタシとしては母校の創設者である偉大な先生という刷り込みが強いのですが、周囲が意図的に作り上げた輝かしい伝説の裏にある人間らしさというか、昭和の巨匠が単なる末端構成員であった頃のお話しというのは、逆に押さえておかねばならない事実だと思うのであります。その辺りを押さえた上でも余りある功績というのがあるのでしょうし、もしかしたら無いのかもしれませんけど(本屋さんの眼光が鋭い:笑。「無い」と言いたげです。)ワタシにはまだ見えません。
⑤平安時代から鎌倉時代にかけては、日本の医学がおおきく変わった時期でもあるそうです。僧侶が大陸へ行ったりできた時代背景が色濃く絡むそう。中国から影響があった本をたくさん挙げられ、いよいよ核心部へ突入! 当時、下級な医療とされていた馬医、金創医といった流れに鍼立も居る様でして、瞑想書である五臓曼荼羅をベースにできた基礎医学書・五輪砕をテキストにしたとのことです。これらの人々から日本独自の腹診などへの展開があるとのシュガイザー先生の説明で初めて「解剖学と合わない腹診」のルーツをも知ることが出来ました。
この時代を色濃く反映するのは、仏教なのだぁと今更ながらに再認識。多賀フォーラム9月3日に正木先生の講義がありますが、真言密教中興の祖・覚鑁の身体論と身体技法を知ることは、今日の講座とすごいリンクするのだ!と気付いたのです(笑)。さすが長野先生、ちゃんとステップを用意して下さっているとは。
⑥ここで、普通なら絶対に目にすることの出来無い貴重な「五臓絵巻」を惜しげもなく皆さんに見せてくださいました。教室の3人掛け机を3つ並べてちょうど納まるサイズ。車一台買えるそうです。和方関係の講習会にみなさまが支払った受講料の殆ど+ニコイチらの私財を投げうってこういう資料を収集しているわけですね。 『皆伝入江流鍼術』本のP99に五臓絵巻図の一部が載っています。こういった絵巻物の見方すら分からなかったのですが、当時鍼灸をやっていた僧医のテキストという風に見ると、描かれている絵の意味に目が行くようになりました。
⑦絵巻を見ていてあっという間に30分経過。その分超過で、いよいよ入江流の講義に入りました。伝説によれば、使えないんで一度は放逐された感の杉山和一ですが、そういう人物が果たして総検校になれるのか?? というシュガイザー先生素朴な問いに「あれ、伝説を鵜呑みにしてた」と気付いたわけです。入江流三代の時間の流れの中で、鍼灸界ではどういった流れがあったのかという時代背景をつきながら仮説検証(森ノ宮ミュージアムの横山先生と話していた内容だそうです)を展開されました。世代間での文献の違いといった周辺知識から読み解く仮説はとてもとても納得。面白い!というか、それって伝説とは比べ物にならないくらい信憑性があるなぁと感激いたしました。
⑧最後には、「僕ならこう使う」といった流儀書からのヒントの取り方を幾つか教えてくださいました。ジェスチャー付きだから分かりやすい。シュガイザー先生は例えば「腰痛にはこうやって」というような具体的な指導は基本的には致しません。自分で考える癖をつけて欲しいからといって、簡単に言うのは止めたと。「ヒントはあげます」「古い本は全てヒントです」とも仰っていました。
⑨本の内容詳細については、多賀フォーでの大浦先生の講義で随分リンクするでしょう、とのお話しでした。どんどん繋がる≪和方鍼灸友の会≫の和。
さて、恒例の感想文。
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土曜の長野先生の講義はも のすごいものを見れてよかったです。これをみれただけでも良かった良かった。もちろん講義もよかったです。個人的には特に「穴法図は交会図」という説明に、おお、と感動。こういうのは、本見てったてわかりっこなくって、実際に講義で教わんないと分からないですよねえ。中世の日本鍼灸は仏教の影響を受けているという事実はとても興味深く、また知りたいと思っていたことでもあったので、今後の展開が楽しみです。
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前回と今回の講座たいへんありがとうざいました。予想していましたが、それ以上の情報量と熱演でした。今回、前回のテーマは古典を本当に読むとは書誌学や墓誌を研究することを含め、どうゆうことか?その古典をどう実際に活かすか?のヒントを長野先生が提示してくれたのだと思っています。それは先日におっしゃっていた、これはこうだから俺の言っているとおりにそうしろ的なことはしたくないってことにつながると思います。
つまり東洋思想なり、日本の東洋思想観のヒントは出すから、後はそれぞれ自分達が咀嚼し、自分で自分の鍼灸ないし鍼灸観を構築しなさいとういうメッセージだと理解しました。それが私達も試されているという意味かと思います。鍼灸の歴史を紡いでいる瞬間に立ち会えて有意義でした。またよろしくお願いします。
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