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2006年7月10日 (月)

技を盗む術

以前から本屋さんがお話になる講座等へご参加されている方は、何度となくお聞きになっているかと思いますが、本屋さんは映像、テープに残すというのをやらない方が自分のためであるとずっと仰っています。モノ(技)を盗む(継承する)というのは、真剣勝負であって、《またいつでも見られる・後で聞き直せばいい、という気持ち》は自分の能力を高めるどころか、地に落とす、ということのようであります。

実技を見て「もう一回!」というのも無しです。こうやって、先生の何かを盗むというのを繰り返すうちに身に付く、その瞬発力の集中力も治療効果を倍増させる力にもなるのだそうです。《治療は気合》とよく一言で片付けていますね、本屋さんは。鍼は効くものではなく、効かせるものであって、鍼が効くわけでなく、鍼師によって効くものになるか、そうじゃないかの分かれ道ができるそうです。要は人間がやっていることなわけです。色んな意味での能力を高めることが臨床に繋がるわけですね。ついでに申し上げますと(正木先生風)、うっかり見逃した一瞬を取り戻せる人間関係を作る技術とか。そういう事も大切なわけです。

以前開催した鍋島先生の実技公開の時に、先生の実技中に《携帯で写真・ビデオを撮る=音がします!》、《フラッシュをたいてまで写真を取る》という方々がいらっしゃいました。実技をしている先生への配慮を欠くだけでなく同時に、周囲の参加者を無視した、「自分がよければそれでよい」という態度に本屋さんは怒り爆発! させればまだいいものを、本屋さんはその場は黙って見ていたものの実は極めて冷静に怒る人なんですね(恐)。(サスガにフラッシュは現場で咎めていましたが)結局、この方々へはそれ以後の勉強会への参加をお断りすることになりまして未だに出入り禁止です。まあフォローが効かないわけではないんですけど、その辺も含めて試されているってことなんでしょう。

また、谷岡先生の小児鍼講座で先生が参加者全員の腕に実際に小児鍼を施してくださった際にも「先生、もう一回お願いします」と言いに来た方がいらっしゃいました。谷岡先生はその場できっぱりと「そういう態度じゃ絶対いかん」と仰っていました。何事もチャンスは一回という《気合》はモノを習う者にとって共通なのだと、脇から見ていた私は思ったのでありました。

おまけ。この間の講義をこっそりテープに録音されている方々がいらっしゃった模様です。本屋さんは見て見ぬ振りをしている場合もありますし、時と場合によっては、上述のように「出禁」と言いかねないのでありますが、人間関係がある場合(よそへ流さない事が分かっているとか)一挙に顔パスになったりする場合もあるのです。でも、基本的に「一回で覚える覚悟」ということを重んじている節があり、事に臨むそういう心理を大切にしているんですね。(因に本屋さんがビデオ撮影をしているのは長野先生が本を書く為に必要としているからです)。 一方長野先生は「テープに取ったって、僕の知識を盗まれるわけでもないし、減るもんでもない」と一向に気にする風でもなく・・・(でも映像撮影は不可だそうです)。 ただ、ワタシが思うにはこっそり録音をするのではなく、①必死に聞き取る、メモを取る。②次回までに自分の中でこなしたものを先生に伺ってみたりする。③以上のような《やり取り》や、自らの勉強を重ねていくうちに、録音しなくても、分からなかった部分を確かめたり語り合ったりできる人間関係を手に入れる。という、3段階はいかがでしょうか。

一見遠回りに思えるようですが、長い鍼灸師人生(廃業が近いと思っていないからこそ熱心に勉強会へいらっしゃるわけでしょうし)を考えれば、こういった人間関係を作り上げることって大きな財産になるんではないでしょうか。本屋さんはよく言ってます「自己表現の出来ないやつは鍼灸師としては成功しない」「伝統的な物をやる以上伝統的な価値観を尊重すべきだ」。

こっそり録音した音声は何回聞きますか??

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