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2006年9月20日 (水)

多賀大社フォーラム’06 感想 ③

ようやく2日目のご紹介。「だいたい長すぎるんじゃ!」というお叱りの声が聞こえてきそうな昨今です(笑)。携帯で見て下さっている方はつらいのではないかと気にしつつ、全然改善しようとしないワタシです。

例年通り彦根キャッスルに宿泊しました。昨夜の2次会には講演の先生方も参加してくださり、30名程でまたワイワイガヤガヤ盛り上がりましたよ。懇親会と違って席が決まっているわけでもなく、一年生が大御所先生の前に座る事もありますし、自分を広げるよい機会になったはず。事前に場所を手配して下さった京都のO先生のお気遣いで時間を有効に使えました。感謝感謝です。本屋さんは4次会までやったそうです。前日だって寝ていないのに、どうしてそんなに動けるのか? 何が一般人と違うのかについて、目下観察中です(笑)。

さて、2日目の演題スタートです。トップバッターは吉永進一先生。「催眠術の黎明」と題して昨年に続くいて、オカルトを紐解いてくださいました。霊術と霊学の違いとか、明治時代に日本でオカルトブームが起こった発端にもなっている海外の出来事など、オカルトの流れを掴むきっかけを頂きました。そもそもオカルトとは、なんだかインチキ臭く怪しい世界ぐらいにしか思っていなかったのですが、十二分に鍼灸史に関与している事実を昨年知った辺りから、これはインチキと切り捨ててしまうのは浅はか過ぎるぞ、と感じた次第です。本屋さんもかなり詳しく、「この手の話で勉強会も出来るよ」というくらい。そんなこと言っちゃうと、本当にセッティングしちゃうぞ(笑)。余談ですが、先日、席を立って伸びをしながらたまたま見上げた事務所の本棚に『オカルト徹底批判』という、これまた怪しげな本を見つけました。手にとって読んで見ると、投稿形式を取りつつも何個か「これは本屋さんの文章に違いない」というのを発見しました(笑)。手広いなぁ~。「この〇〇と△△って名前、ペンネームですか?」と聞いてみたところ、「知らな~い」とはぐらかしていましたが、絶対にあの短くても鋭く、且つ分かりやすい文章は本屋さんだ。まちがいないっ!

続いて、森ノ宮図書室の横山浩之先生。演目は「近代化の中の鍼灸界」。「今の教科書はダメだ」という批判は学校の先生からもよく出ていましたが、そういったレベルの問題じゃなく、時代時代で教科書と鍼灸師を取り巻く制度が産み出す鍼灸師像を浮き彫りにしてくれました。GHQ介入が無かったかも知れないといった、いわゆる通説が誰かの都合で作られている可能性も示唆。この話は本屋さんから聞いていたのですが、講演の終りにポロっと漏らす辺りがにくいなぁ~と思ったりもしました(笑)。視点が違えば、こうもすっきり分るものかぁと目からうろこの約一時間。昨年の横山先生の講義といい、今回のも是非資料として手元に欲しいなぁと思います。ワタシの元へ届いた感想では、同じ意見が圧倒的に多かったです。これを知らずして、学校教育に関わるなとか。また、参加者のAさんが言うには「卒論の時に3ヶ月も探した資料を先生に尋ねたところ、5分で出てきた(涙)」というエピソードを教えてくださいました。鍼灸界のスーパーコンピューターって感じの検索能力ですね。森ノ宮の学生さんがうらやましいっ。因みに、横山先生の愛称はこげパンマンだそうです(笑)。これは、今年の多賀フォーの日程を日・月と勘違いされていたI先生の「貴女、女性専門でやりたければ、秘宝館に行かなきゃダメですよ」という言葉を真摯に受け止め、東京へ来る講座のついでに熱海で下車して本当に行ってこられた、行動派の現在3年生Sさんが言っていました。

午前中のラストは大浦慈観先生。「杉山流と杉山眞伝流ー近世から近代へー」と題して、杉山眞伝流の流れから、管鍼法の実技公開も。本来だったらシュガイザー先生の持ち時間である午後の一部も急遽提供して、独自の鍼管を使った手技の数々をご披露いただきました。杉山眞伝流の研究は本という形で一段落されましたが、数ヶ月前にニコイチから宿題が出されているはずです(笑)。ワタシがお使いとしてお渡したDVDに入っているのは、『五輪砕』だそうです。研究結果にありつける日を待ってま~す。

昨日の懇親会会場には、お昼のお弁当が用意されていました。昨年のとは違って、グレードアップ??という感じです。業者が違うのかと思うほどの内容の変化でしたが、朝もしっかり食べてきたくせに、しっかり頂いてしまいました。食べると眠くなるのに、食べてしまうなぁ・・・。そう言えば、寝ない人々(本屋さん他少数)はこぞって少食です。モードが変われば一般人並みに食されますが、日々の食生活は常識とはかけ離れたパターンです。1食ぐらいは食べていますが、あとはつまみ食いですか?ってぐらいの量であります。料理も料理人以上に上手なのに、食に対して欲求が無いのが不思議でございます。「血糖値が上がれば良いのだ」という究極理論で甘い物を口にしている現場を頻繁に見かけますが、一般人以上に体と頭は動くわけで、原動力の食ってなんだ?  とも思わずにいられません。これも目下観察中。

午後イチは、主宰者長野仁先生。「意斎流と多賀法印流ー中世から近世へー」というタイトルでした。「僕のは聞き飽きているでしょ。資料を用意しましたから、読めば終わりです」となんとも乱暴な始まりでしたが、読めば終わりになるわけもありません。サービス精神に富んだ先生ですから、資料に書かれていない話に及びまくり、駆け足の濃厚な講義となりました。本当だったら、この日のために資料を書き下ろしたかったのに、記念品で配布した『医書集成』の原稿作りをM君と2人で夜中まで作業をしていて無理だった・・・、と多賀フォー前日の電話で仰っていました。書き下ろさなくても、膨大な論文が手元にあるから良いのではないか、と思ってしまうのですが、それを書いた当時よりも先生自身は進化されているのであって、自分で許せないそうです。こういった根の詰め方ができる方と、「まぁいいか」で済ませてしまう我ら凡人では到達点が違うのは目に見えています。天才は何もしないで天才なのではなく、取り組む量が半端でない人間のみが進める域なのでしょうかねぇ。

さてさて、本当にラスト。和方鍼灸友の会の後見人と位置づけられる、正木晃先生の登場です。「興教大師・覚鑁の身体論と身体技法」というテーマで、2日間にわたる多賀大社フォーラムを締めくくっていただきました。この覚鑁という人物は、密教について本当のことを言っちゃたがために、迫害を受け続けたそうです。この話を聞いた時、シュガイザー先生の元へ来られた理由が分かったような気がしました(笑)。因みに、上人の名声に反感とねたみを持つ当時の真言宗の人達は、覚鑁上人の住まい(高野山金剛峯寺境内の密厳院)を襲い、乱暴をしたり放火をしたりしたそうです。覚鑁の命を狙った刺客の一人が、密厳院の本尊であった不動明王像の後に覚鑁が隠れていると思い像もろとも切りつけたところ、何故か不動明王の像から血が流れたという、伝説が残っているそうです。覚鑁さんは、かすりきず一つ負わず、弟子一同とともに根来に移転し、円明寺・神宮寺などの造営を進めたのですが、その後、豊臣秀吉との確執の末に討伐を受け壊滅の憂き目に遭います。でも、生き延びた御弟子さん達は奈良や京都へ逃れ長谷寺や智積院において新義真言宗の教義を根付かせ、現在に至るそうです。この辺り、真言宗豊山派の大僧正を師匠に持つと言う本屋さんに聞きまぴた受け売りです。その後、阿字観について沢山解説してくれましたが、割愛させて頂きます(笑)。ただ、次回の本屋さんの講座では、何故瞑想領域に身体的五臓が五仏や五大と関わりを持つのかといった覚鑁(上人とつけないと本屋さんに怒られまぷ)独自の思想展開を述べた「五臓三摩地観」の系譜とその特徴、という論文(本屋さんの師匠によるものらしい)のコピーを下さるそうです。

以上のように多賀フォーも終わり、事務所に戻った今年の資料などを一つのダンボールに収めました。ダンボールの色んな面に《多賀フォー’06》と書き込んで完了。「終わっちゃったなぁ」という感じです。だがしかし!この事務所には覚鑁上人がいらしているのであります。まだ所定位置をお造り出来ていないのが心苦しいかぎりです。これからは、この事務所内で目を光らせていただくわけです。正直に生きねば・・・、なーんて。終わり。

オマケ。目の前でPCを打っている本屋さんに「今何してんの? なんかずっと打ってるけど」と、がばっと画面を覗かれてしまいました。「随分また長いねぇ。てめぇいい加減に仕事しろっ」と言い捨て玄関のほうへ向かったなぁと思ったら、多賀フォーの帰りのインターで買ってきたまま放置して期限を迎えたお菓子を取ってきただけでした(ほっ)。が、「業務命令だ。食え!」と2つも手渡されてしまった・・・。自分だって、ずっとメールや本を読んでいるくせに。って、寝ないからワタシと違って仕事もちゃんとやってるのである。そんな本屋さんは、天才バカボンのパパの曲に乗せて「バンバン覚鑁・かくばんばん♪・天才ぃ僧侶だぁ・か~くばんばん!!」と鼻歌を歌ってメールの返事を書いているのでありました。

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