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2006年11月12日 (日)

治療現場密偵

このブログで割と登場回数の多い○っちゃんの、お仕事現場を偵察(笑)に行ってきた。到着日の夕方から翌日の夕方まで、正味丸一日見学することが出来、質疑応答&奥義披露&伝授会も開催されたスペシャルな週末であった。○っちゃんにはいつも、本屋さんを初めとする各治療家の技の解説(通訳)頂いているのだが、今回の滞在では非常に得るものが大きかったなぁ。もちろん、均整術のアレコレも見せてもらった。習ったものをココで書いても良いのだが、文章では伝わらないことが多いので今回は<身体の使い方>に焦点を絞って書こうと思う。

現在、○っちゃんの相棒は元クラスメイトのR先生だ。彼是6年程一緒に仕事をされているらしい。R先生はパソコンもお持ちでないらしいので、ここでは思いっきり感じたことを書いてしまえ(笑)。だぁって、こんなに対照的なことってないんだもん!

均整術をご存知の方も多いだろうが、特徴的なのは患者を<揺らし>ながら全身のバランスを整えてゆく点にあるとワタシは勝手に思っている。○っちゃんは手足を揺らすことで、全身の調節をしてしまう。同じ事をしている動作の中でも、実は違うお仕事をしていたりするようで、コノ辺りが本屋さんと通じる。今回の密偵を通し、ワタシ的には身体の変化が前よりは見て取れるようになったつもり(笑)。因みに、この揺らしの技術があれば、無意味に全経絡をモミモミしないで済むので、治療時間の短縮&労力の短縮になってすごく魅力的だ。全部で9人の施術風景を見せて頂いたが、患者の体が緩んでいくのが面白いほど見えてきた。が、ここで分かった気になってはいけない。○っちゃんも本屋さんも緩ませる以外に、緊張させる部分を作っているのである。これがサッパリ分からない。大体、学校では「緊張させる」というか、「力をつける」という概念がなかったからなぁ。「コリを取る、硬結を取る、緩ませる」が概ね初心者の治療目標である。鍼灸にはこういう視点が無いのかなぁ。あんまり聞かないよなぁ・・・。この辺りが、本屋さんの「鍼灸だけやって治るわけないじゃん」発言に通じるんじゃないかと思ったりした。

今までも○っちゃんの臨床デモは目にしてきたが、同じ均整術をやる人を見るのは初めてだったので、そういう意味でも楽しみにしていた。実際の施術が始まってみると「あれ??」と思わずにいられない。ユラユラと揺すぶりをあらゆる場面で多用している○っちゃんに対して、同じ流れで進みつつも隣のR先生がやっているのは「それって、揉んでる??」という具合。同級生なのにこの差は何だ??かたや、クイックマッサージ・・・。技を何で使わないのかなぁ、と不思議に思ってしまったワタシは、お二人が在学中、卒後にどういう事をされてきたのかこっそり聞いてみた。聞けば納得。○っちゃんは敢えて厳しい修行時代を選択されてきたのだった。「うぁ~、きつい」と思うこのエピソードは勿体無いので書かない(笑)。そういえば、先日ゴルゴ36先生の駆け出し時代のお話を聞く貴重な機会があった。シュガイザー先生の鍼灸業界サラリーマン時代の話も壮絶だ。これらの先生に通じるのは、本当に寝る間を惜しんで色んな勉強をされてきてる点とも言える。「鍼灸師の先生方は、苦労した苦労したって言うけど、よくよく聞いてみると患者が来なくて苦労したっていう意味でね。勉強の苦労じゃないらしい(苦笑)」とは、ゴルゴ36先生のお言葉である。麦酒を片手に、隣にいらしたバーバラ女史が開業当時や、ゴルゴ36先生が治療の傍ら、アメリカのキビシイィ通信講座を学び終えた経緯を思い浮かべ、「よく走ったなぁ、あの頃・・・」と相槌を打つ姿は、コンビを組んで○十年のお二人の歴史を垣間見れた気になった瞬間だった。

あ、また話がそれちゃった。

実はワタシはあん摩の免許も持っている(笑)。「そんな手で揉めるの?」とよく言われる。ごもっともだ。でも、入学前に購入した指輪が入らないので、これでも随分太くなったのだが、一般的には細い部類に入る。そうそう。柳谷素霊先生の最後の内弟子、と言われるM先生の鍼灸のベースになっている按摩を習える課外授業が在学中一年間を通してあった。「按摩10年」というキャッチフレーズが定着している、我が母校であったが、現在は開設して5、6年経っている鍼灸科の学生に配慮してそういう事は言わなくなったらしい。が、古い先生は「按摩10年やってから鍼を持て」ぐらいの気持ちはお持ちの様だ。按摩10年を通して、人体の見方を見につけろ、とね。で、この課外授業に意気込んで望んだワタシであったが、強圧を多用する手技に、初日で親指を壊してしまい、泣く泣く諦めた経緯がある。卒業式後の謝恩会でM先生に「あなたは自分の適性を見極めた。そういう選択も大事」とは言って貰ったが、鍼だけやっている先生でも取穴の時の押圧が「ここぞ!」という、すごい瞬間があったりするのを目の当たりにすると、「押せたらいいなぁ」と思うこともしばしばであった。

でも・・・。○っちゃんにイイコトを習った(笑)。身体を使えばびっくりするほど圧がかかるのだ。「身体を使って、腕の力は使わない」という言葉は耳ダコであるが、こういう事かと納得できた。下半身の力が指に伝われば良かったのだ。よく言われるフレーズは「体重を乗せる」であるが、体重だけで処理するのではなく、下半身が安定するベクトルの力を利用すれば良かったのだ。「本屋さんが教えている、身体作りの<コレ>を応用するんだよ。だから教えて下さっているんだね」と○っちゃんの通訳が入ったお陰で、「そうだったんだ!!」と開眼。もちろん、指も痛くない。

見学初日にこのポイントを教わり、翌日に○っちゃんとR先生が同時に脊椎横を押している場面で合点がいった。術者の姿勢を見れば明らかである。常時R先生は頭が自分のお臍を覗き込む角度であり、背中が繋がっていない。これを、本屋さんへ偵察報告していた時に話していたら、「それってつまり患者を見てないって事じゃん」とだけ・・・。その通りかもしれない。R先生と面識のない本屋さんであるが、ワタシが丸々一日見させてもらって薄々「変だなぁ」と感じていた部分を、この言葉で締めくくってしまった。

他にも身体の見所としては、○っちゃんの指の足である。いつでも5本がバラバラだ。常に床面、ベットの足、壁などなど、近くにある支持面を掴んでいるのだ。で、R先生を見てみると、キチンと正坐して折りたたまれた下腿に静物の如く固まってくっついている。だいたい、○っちゃんは正坐なんてしない。均整の揺れは胴体から発せられるのであって、正坐してたら出る分けないのだ。○っちゃんの胴体はスプリングのように動いている。これじゃ、寝ないでも平気だなぁと思う。患者を調節しながら、自分も調節できてるもん。だから、最小限の横になる時間と睡眠で体調の修復が出来るのだ。ワタシもこのシステムを採用したいと常々思っているが、なんせ胴体力が無いのがいかん。手技の最中に、気付くと正坐している瞬間がある。「はぁ~疲れちった」との身体の意思表示だ。「腰痛は職業病」と仰る先生方が多いが、それだけは避けたい。患者が増えて苦しくなる前に(笑)、身体を作ってしまいたい。「腰痛持ちの先生に、腰痛治療をお願いしたくないねぇ」と言っていた友人の言葉が真意を付いていると思う。

患者さんとの関係が濃厚な治療院ほど、見学者を受け入れての治療はデメリットの方が多いのにも関わらず、「押しかけ偵察員」を快く迎えて頂き、あっという間に一日は過ぎた。しかも、何から何まで奥様にもお世話になってしまったし、「父ちゃん、早く帰ってきてよ・・・」と待つ我が子との時間も頂戴してしまった。京都の学校で本屋さんが授業を持っていた当時、深夜バスで早朝に着いては授業の時間まで京都をフラフラ歩き回っていたワタシに「治療院に見学に来れば??」とお誘い下さったり、均整の世界では講師をされている○っちゃんであるので、見学者は常時受付なのだろうと疑いもなく思い込んでいたのだが、なんとワタシが初の受け入れだったようだ。ひょえぇ~。これに懲りてもう誰も受け入れなくなるかも知れない(笑)。

「なんだか、イイモノもらっちゃったなぁ」とほくそ笑んで、新幹線に乗って戻ってきた。そして、週明けの出勤時に、本屋さんから「再現してみい!」の指令を受け、全体の流れに乗せて、ココがポイントらしいと○っちゃんの解説と、ワタシの私見を織り交ぜて得意げにご披露したのだったが、「○田さんはそうはやらないと思うけどなぁ、ちょっと寝てみて、こうじゃなかった?」と逐一訂正が入る。見ているようで、やっぱり見てないんだなぁ~。節穴アンジェラを通してレベルダウンしたものが、「何をしているのか」という視点で本屋さんにより再構築されて、○っちゃんに違うバージョン&レベルアップして戻る予定である(笑)。○っちゃんありがとう!次回、本屋さんに会う日をお楽しみにぃ。

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