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2006年12月11日 (月)

11月経絡経穴講座 感想

すっかり遅くなりました。あ、ご報告が遅れましたが、本屋さんは無事に帰ってまいりました。帰国後すぐにゴルゴ36先生の実践塾に参加されていましたね。すっかりお顔が黒くなってお帰りになりましたが、旅のお話は別にしたいと思いまぷ。

さて、11月の経絡経穴講座の感想です。「鍼灸師はアナウンスは出来ても、コミュニケーションできない人が多いんじゃ?」という話で講座はスタートしました。これがいいですよ、あれがいいですよ、と一方的にアドバイスしても、その先のやり取りが出来ない。つまり、その後の患者さんからのフィードバックを受け取れない、受け取る気がないみたいねぇと。

どんな鍼灸治療をするのかは個人個人の好き好きだけど、大事なのは<生き方>であって、どういうスタンスで取り組むかという姿勢が大切なんだ、と今回は壮大なテーマです。例えば、電車に乗り込む人々は「我先に」と、その一つの空席を目指して押し寄せます。だけど、実は反対側には2つ空いていた・・・という光景はよくあることです。結局多くの人間は自分の進む方向しか見ていない。その周囲がどういう風になっているかを見ない傾向が強い。これが生き死にを分ける場合もある、と常に考えるのが僕のクセだそうですが、人生の幅という意味では周囲を見渡せる方がいいでしょ、と。本屋さんの話にはいつも「あなたはどう生きますか?」と、問われている気がしてならないのはワタシだけではないであろう。ついでに、よく仰るのは「本当に邪魔なのは、進みの悪い同じ方向を歩いている人」。実際、朝の混雑時に電車の線を乗り換える際などに非常に感じますねぇ。

「人生、細かい事がすべてなんです」とも仰っていました。どれだけ、気を遣えるかどうかが、幅のある人生に繋がるそうです。ワタシがお世話になっている治療院の先生もよく「気がつくかどうかが生き残れるかどうかね」と仰います。この言葉を聞くたびに、「あぁ、もっと気付けよと言われてるぅ・・・」と耳が痛いのであります。そういえば、先日の巨鍼の会で、本屋さんの治療を受けた方が、自分の治療はがさつであった・・・としきりに反省されていました。ベットの周りをどうやって歩くか、という一挙手一動足にまで気を配るのが本屋さんです。あ、因みに足音には非常にうるさいです。みなさん、気を付けて下さい。特に階段を昇る音とか。例の『新日本鍼灸楽会草紙』を出版してしまうあたりで、<気を遣えない>レッテルを貼る先生も多いようですが(笑)、あらゆる批判批評を想定しての出版であって、あれは<生き方>の提示なのであります。

「人は生きているだけで他人を傷つけるものなんだ」の例として、本屋さんは「家族写真を使った年賀状」の事をよく引き合いに出されます。作った人が意図しがちな「お陰様でうちの子もこんなに大きくなりました!」を、大多数の方がその通りに受け取る反面、子供がずっと出来ない人や子供を亡くした人が受け取ったら、ちょっと自分に置き換えて考えちゃう瞬間があるでしょ、と。…だからと言って、こういうのは止めるべきだというのではなく、自分が良かれと思ってやっていることに、全く想定していない所で傷つく誰かは普通に(ココがポイント)居るものであって、単に生きているだけで人を傷つけるのは日常茶飯事、いつでも加害者である自分がいるっていうシビアな目を自分にも向けてね、ということのようです。にゃるほどぉ。日常の言動を反省しつつ、でも100%イイ人はあり得ないのさ、と却って楽になったりして(笑)。気を遣うで思い出しましたが、世界的な鍼灸委員会にも名を連ねる先生の治療を受けた方が「いやぁ、寒くて酷い目に遭った」という感想だけだったとか。治療の前に大切なことってかなりの位置を占めるみたいですね。

今回は人生論に発展かぁ~と、感慨深くお聞きしていたら、「お集まりの皆さん・・・・(中略)・・・・アーメン」と牧師の真似をし始めました(笑)。本屋さんは世界4大宗教のお祈りが出来るそうです。祝詞や真言をブツブツやっているのも見たことがあります。「善悪の木の実を食べたものは必ず死ぬであろう」とかいう、キリスト教に出てくる文言の話がしたかったようで真似が入ったようですが、この言葉は二元論の行く末を意味するもので、Aか非Aがという主張のし合いに陥り、相手を否定することでしか自分を確立できないとしたら最終的には殺し合いしかないでしょ、だから、単なる二元論ではダメなのよ、という意味だと教えてくれました。ここから、さらにコンピュータのお話、二進法から二値型、三値型コンピューター、そしてヒルベルトの数学基礎論とかいうワタシにはわけの分からない単語が幾つか出て来て、一同今まで知らなかった本屋さんの扉を覗いたようで思考停止している人もいたようですが、それらから弁証論治のお話に続くのがさすが本屋さん。

脾胃論を「生きてりゃ、病気は治るのさ」と言い換えてしまうセンスには脱帽です。確かに脾胃を健やかにすることで、全身の機能は底上げされるのでせう。「そのうちに、持病も治るさ、安心しな」というのが脾胃論の原点だというのは分かりやすですねぇ(笑)。2年ほど前になりますが、11月に毎食一回は白米をおかゆに変えた時期がありました。元々あんまり消化能力が旺盛でないワタシは胃もたれすることが多く、これはやっていて気持ちが良くってつい1ヶ月経ってしまったというものです。で、何が一番良かったか。<お肌がしっとり>したのです。この乾燥し初めの季節にしっとりしてくるなんてありえません。洗顔法は従来のまま。胃にしっとりしたものを入れると肌もしっとり。脂っこいものを食べるとにきびべっとり。こんな単純な発想が東洋医学の根底でもある気がして、だから面白いなぁと思ってしまいます。この経験で脾胃が全身に及ぼす影響の底力を思い知りました。

吉益東洞を張従正の焼き直し。古方(つまり経方)とはいいがたいと断言し、隣に座っていた中国留学経験のあるレベル3氏も大きくうなずいていました。

デモ、今回は何故か欠席者が多かったので、手の経絡が全部レジュメであったのですが(後、三回で一気に追い上げる気でいるようです)詳細については、次回に先送られました(笑)。 なんだか、書ききれないなぁ・・・・。今回はこの辺で切り上げませう。

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