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2007年12月25日 (火)

12月9日感想②

 歳末特別講義が終わったばっかりですが、12月9日の午前中の感想に引き続き、午後のレポートをせねばなりません。午後は発売になったばかりの『杉山真伝流臨床指南』の発売記念講演でございました。著者の大浦慈観先生と、この本が世に出る筋道を立てた本屋さんのお二人による誕生秘話満載の内容でした。

 午前のばーば佐智子先生が温めまくった(笑)熱気を引きずって、座席はびっちり満杯。45分という短い時間ながら、本屋さんの超濃縮講義は始まりました。いつもの事ですが、用意していた資料の多い事多い事。大体コピーは前日にやる事が多いのですが(なんてったて直前力!)、今回はもう少し前から色々と用意するぐらい伝えたい事があった模様。しかも、いつもは「家で読んでください」と「せっかく準備した資料を潔く捨てる(by正木先生評)」のがモットーなのに、今回はほぼ全部をざっと解説!(実は一つだけ解説しなかった資料があったのに、参加者の皆さんはお気付きでしたか? 帝国鍼灸医報社の『鍼灸諸名家秘伝公開集』……「僕は聞いたんだけどなあ…返事誰からも無かったし……きっと皆知ってたんだろう」「沈黙はイエスの合図なり」(イスラムの諺だそうです)と言って、反応が無い場合はスルーされることがままございます)。

 まず、『鍼灸OSAKA』86に本屋さんが寄稿した文章に、編集段階での大幅なミスがあったのを受け、紆余曲折を経て出来上がった立派な訂正版(別刷)を皆さんに配布。それとセットで、『鍼灸OSAKA』87 横山浩之先生の <編集者への手紙 ~寄金氏「技術の伝承とは」への疑問> にも言及。文中の本屋さんのミスを指摘する内容を「よくぞ書いてくれた」と大絶賛! 「横山先生でなければ語れない事がものすごく沢山ある。鍼灸業界は先代、まして先々代の業績を継承する視点に欠けた、さも自分が発見したかのような輩ばかりがはびこっている。その声が大きく目立つため、学生や後進にとっては悪害この上ない。しかも、それが害だとなかなか気付かれない現状がずっと続いている。だからこそ膨大な読書量を通して、鍼灸業界の隠れた歴史をご存知の横山先生にもっと出てきて欲しい!」「絶対彼はもっと書くべきだ!」「少なくともこれで『鍼灸OSAKA』の読者には、杉山真伝流と杉山流って違うんだ、ということと、片手挿管って明治に生まれたんだ、とか横山先生って凄いんだ、って事は記憶に残るはず(だから今後この手の話や教科書を書く時には必ず彼は外せないって事になるはず)」といった本屋さんのメッセージが込められた話でした。

その他ココでは書けない(笑)、鍼灸界裏事情もいろいろと。でも、まあ「結論から申し上げますと」…本屋さんが一番言いたいのは「誰がどうした」って事ではなくて、鍼灸をやるには「鍼灸師の器(肉体)が大切なんじゃないの?」って事なんだろうと思います。

  あと、一部の人がもっと聞きたがった事は、「陰陽論と五行論が出所が別だから、思想的には別な体系でって教科書や某学会のテキストにも書いてあるようですが、別だから別に考えるっていうのは、頭と実際が一致しないし、思考停止に陥りやすく、せっかくあるものが役に立たないんで勿体ない。こういう風に考えると五行の中に陰陽があり、陰陽の中に五行があり、それが天地人の三才や、気血水弁証や臓腑経絡弁証ともこのように繋がります」って黒板にざっと殴り書きしながら説明した部分。

 私も以前これを聞いた時は、あ、臓腑経絡弁証とか難しく四字熟語を覚えなくてもこう考えれば、血がらみはココがポイント、とか分かるじゃん、ああ東洋医学概論ってこんなにシンプルだったんだあ~、と目からうろこがホロホロと落ちた記憶がございます。つまりは勉強の着眼点を教えてくれるんですね。……ああ、この辺りのお話は、2月から再開する「本屋さんの寺子屋講座(経絡経穴再び/他)」にて詳しくして頂く予定でございます。

でもですね、本屋さんが「日本の鍼灸をダメにした代表的人物、柳谷素霊!」っていうと結構センセーショナルに聞こえますけど、大浦先生だって、「17手技が教科書に載ってますけど、何故17手技という形であれらが載っているかと言うと、柳谷素霊が真伝流の手技を、そうとうデタラメな形で教科書の原形になったようなものに書いてしまったからなんですね」(つまり柳谷先生もその後の先生達も、だあれも真伝流なんか知らなかったまま来ちゃったから、鍼灸手技を教える先生方が、検討も検証もしなかった、出来なかったって事! 酷いなあ、鍼灸学校って何をやってきたのかなあ……って結局お二人とも同じ事言ってるやん! うーん、なんで同じ事なのにあんなに印象が違うんだろう? 本屋さん損してまぷ。(本人は面白がってまぷ)   

 さて、懇親会での恒例の挨拶もユニークなものが多かったです。これは初めて聞いたのですが、大浦先生が、数年前(まだ『皆伝・入江流鍼術』発行前のことだそうです)始めて本屋さんと会った時に「鍼灸界では当時まったくの無名の僕と(真伝流を本にすることを)約束をしてくれた。…中略…それが実現できて、ほんとに感謝しています」との感動秘話がありました。さすが、人を名声だとか肩書きだとか持ち物とかで判断しない本屋さん(当たり前っていえばそうなんですが、これが出来ない人って多いですよね、「結局自分に見る目がないから他人の評価を信じてしまうんだ」って本屋さんはよく言ってまぷ)。大浦先生が杉山真伝流を研究し始めた頃、研究内容が詰まったPCを背負ってバイクに乗って通勤されていた当時を振り返って「今、僕が事故にあったら杉山真伝流がまた消えてしまう」と、緊張して運転していたと講義の冒頭でもお話されていました。そういった想いが詰まったものが『杉山真伝流臨床指南』へと発展したわけです。こういう裏話を直接聞けると、ジ~ンとするものがありますね。「先生と同じ時代に鍼灸師になって良かった!」と思った方も多かったのでは。本屋さんが目をつける(笑)先生方は、鍼灸界にとって本当に価値のあることをされているなぁと、いつも思います。それを世に出してくれるのが六然社という媒体なのだ、と今回も思った講演会でございました。

 大浦先生の講義内容について、とっても分かりやすい感想文を頂いたので、それを無断掲載(いつもごめんね~)させていただきます。↓

 以下引用でーす=========================

 おつかれさまです。先日は、大浦先生の出版記念講座に参加させていただきありがとうございました。懇親会では、直に大浦先生に質問する機会もあり、(ていうかずうずうしくお席まで押し掛けたのですが)とても勉強になりました。

 質問したのは、本に記載のある「大熱の補法」のことや、p132の図のこと、あとはデモで拝見した先生の押し手の示指の微妙な動きについて、などなど。 先生は「ねばっこいのを周辺部に広げていくというか」とか、「邪気は上にいく性質があるんだよ」とか、(ここでの邪気という言葉は、鍼灸学生が使いたがるいわゆる「邪気」とは異なるモノだと思ってます)。「(指で刺しめしながら)女性の場合、こういうルートをたどることが多いんです。それで右なんでしょう」とか。とても具体的にわかりやすく説明してくださいました。感謝です。

私にとって今年の鍼灸本ナンバーワンがこの『杉山真伝流臨床指南』だったのです。 証立しました。配穴しました。鍼を刺しました。で、どうすんの?? 手技はどうすんの?なにをどうすればどう変化するの?そういうことが具体的に書いてある本だと思います。「術」がテーマだったわけです。 ○年前のちょうど今頃、鍼灸学校の卒業試験のことを思い出しました。実技試験で生徒に出したお題が、十七手技でしたよね。 たしかに教科書で17手技の記載はあるし、授業で(いちおう)十七手技のデモをやってくれた。こういう手技なんだよ、と。でもでも、じゃあさ、どういう時にどういう場所にこれらの「術」を使えばいいのか。あるいは、これらの「術」を使うとなにがどう変化するのか。それについては、先生からは一言も話していただいた記憶がない(涙)。

  『杉山真伝流臨床指南』○年越しでひとつの答えを見つけたような気がしています。でもこれからが追試。自分で「術」をやっていかなきゃなんですよね。 たしか本屋さんが、散鍼の時にこんなことを言ってたように覚えてい ます。ひとつの「術」を身につけたら、1000回追試してはじめてお金の取れる「術」になる。本を読んだ、で終わりじゃしょうがないし鍼灸はあくまで肉体表現だと思うので、自分で汗をかきかき「術」を試していこうと思います。 長々とすみません。あの素晴らしい本を出版して私たちに届けてくれた本屋さんと著した大浦先生に大感謝しつつメールを終わりたいと思います。(この本の出版は鍼灸界にとって、ホントにエポックなことだと思うんだけど) 。

  ・・・先日の講演は内容が濃すぎてボディブローのように、後になってからじわじわカラダに効いてくるので、今頃になって言葉がポロポロこぼれてきます。感想が言い足りなかった、と思いふたたびメールしてしまいまぴた。 ここからは、ちと不思議な話めいているかもとエキュスキューズを入れておいて。

  懇親会のとき質問しに、大浦先生のお席まで行ったときのこと。説明しながら、先生の指が右季肋部をかすめたのです。うぁあ!この感じ。そういえば昔、I原先生にタッチされた時の感覚に似ているんだが、似て非なるものなんだが、似てるかも。あの時も、うぁあ!と思ったもの。でも非なるもの。でも大浦先生のものは大浦先生のもの。まあ、何が言いたいかというと、指が手がスゴかったということ。それで鍼で「術」でしょ。すごいに決まっているわ。

 それで話は『鍼灸Osaka』の本屋さんの寄稿に飛びます。教科書の鍼術の定義についてふれた文章。 本屋さん曰く、「『技』というものは、人が人へ掛けるものだし、人が人へ伝えるものだ。(中略)人の身体で人の身体へ、という原点に立ち返るべきであろう。」 つまり、大浦先生は、大浦先生の指で、手で、身体で「術」を掛けているという至極当たり前のことが、私はそのときにわかったのです。自分に返って考えてみれば、私は私の身体で「術」を掛けて治療をするのだ、ということ。「術」の検証は本に記してあるし、具体的な手技の仕方も丁寧に説明されている。が、鍼を持つ手はおのれの手でしかない。 ここにいつも行き着くのだなぁ、六然社主催の講習会は…。 房中合宿、多賀フォー、『鍼灸Osaka』、大浦先生の講習会。いつもより、今年は「術」というものを意識させてくれた年になりました。本屋さん、アンジェラさんに感謝を込めて。よいお年を!(ってまだ12/22、23とあるんですよね)

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