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2010年12月

2010年12月31日 (金)

業務連絡 新年の別伝講座他

 皆様、2010年も有り難うございました。良い年でありましたでしょうか?
 2011年も新たな気持ちで臨みたいと思います。寺子屋の別伝は第二日曜日の1月9日、(16日はいつものお寺で「手の作り方講座」です)、23日、30日を予定しております。開始時間は12時目安ですが、1月の30日に限っては、10時〜12時です。9日、23日の午前中は、有志による自主練をやっていますので、御希望の方は担当T氏にアクセスして下さい。
 国家試験を控えている学生さんもいると思います。健康管理に留意して良い年を御迎え下さるよう。

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2010年12月16日 (木)

学びの中の気付き

久々に寺子屋の感想を書いてみたいと思います。
とはいうものの、ワタシの…というよりも、参加者から頂いたものの引用抜粋ですが。


お一人目は、月に一度の寺子屋だけでなく、別伝にも参加されている方。最近の別伝は、かなりの時間が本屋さんの活法や療術の実技に割かれています。以前、北御座新伝流の先生が「言ってる事とやってる事がホントに一緒なのは本屋さんだけ…」という発言をした事がありましたが、多くの治療家は皆の前でやる事と、実際の治療の現場でやる事が一致しない事が多かったりしますが、本屋さんは、殆どまんまです。だから、その効果を知っている人は、「え、そんなことまで公開しちゃっていいの?」と思うみたいですが、本屋さん曰く「手放さないと入ってこない」……だそうです。「もっと上手くなりたいといつも思っている」とも言ってました。では引用の始まりです。(個人情報、補足説明など、若干手を加えています)

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 ここのところ一番目からウロコというか、自分にとって衝撃だったのは別伝で自分がやってみせたら、「う~ん、相手に対して敬意がないね」と言われた後、実際のやり方を丁寧に解説して頂いた時にいろいろなことが思いあたり、おおげさに思われるかもしれませんが、自分の中では価値観?というのが一新された感じでした。とはいえ、まだまだ「敬意がない」部分というのに、日々気づいて凹んだりするのですが・・・(涙)。

「難しく考えない、シンプルに考えて、シンプルにやりましょう」といわれたのを思い出して、考え方を組みなおすようにしています。

そして、人の人生に多少なりとも関わる立場に立つからには、「相手の考えていること、感じていることは本当にはわからない」という事実を常に意識においておくことと、言葉そのものではなく、その言葉によって、その人が本当に伝えたいことは何か?ということに思いを馳せて聞くという事がとても重要だと思うようになりました。

10月の寺子屋は、連続講座の一回目ということで、とても楽しみにしていました。
まず、全体を通して感じたことは、解剖学や生理学、病理などの大切さを実感。
昔は解剖図(?)が秘伝だったんですよ…というお話を聞いたあと活法などで自分なりに考えるときに、その解剖などの知識をとっかかりにできることが多々あるんだという気づきから、確かに血管や内蔵器、筋肉の位置を知っていることが、本当に重要なことだと今更ながらに実感しました

また、勉強の仕方についても、自分の使いやすいようにいかにカテゴリー分けして理解していくかが重要だなと気付かされ、以前より勉強は楽にできるようになった気がします。
そういう理解を持って、卒試の勉強をしていると、必要性を実感できてかなり覚えがよくなり、今更ながら、もう少し早い時期に気づきたかったなぁ…などと思ったりもしますが、まだこの時期に気づけてよかったのでしょう。

そして、ツボの取り方の手がかりとして三陰交と列缺を例にされた時、そうか骨際のツボはこの感覚を手がかりにカテゴリー分けしていけばよいのか!と目からウロコでした。でも、その後日を改めて、別伝の時に、本屋さんの身体でツボをとらせてもらったら「(取穴が)あまい!」という指摘をいただいて、頭での理解と、実際の自分の実技?の出来具合は、一致しないものだなぁ・・・と思いました。

 寺子屋~別伝講座ともに、毎回気づくことが多くて、やはり文章で書ききれるものではないですし、最近は多少なりとも以前より、本屋さんとお話できる機会も増えたので、改めて感想を送らなくてもよいかな? とも思いましたが、やはり文字にしておくのは大事だと思ったので自分の中でインパクトのあったことで、言語化できる部分を文章に表してみました。
 次回の寺子屋も楽しみにしています。
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余談ですが、本屋さんは、何かを習う時には、こうした言語化をして、自分の理解した事や疑問点を表現する事はとても大切な事だといつも言っています。そういう事をちゃんとしている人は、本屋さんの方もその人に(場合によってはその人だけに)分かるような指導の仕方をちゃんと心得ているみたいです。

さて、お次は、本屋さんの「1000人はやらないと…」発言を受けて、温泉地で修行をしていたワタシの同窓生K先生の後を引き継いで既に3000人に達成した後輩Dさんの感想です。

その活動フィールドである、とある旅館にたまたまワタシが予約していたのが判明し、「それならばぜひとも♪」と温泉按摩を堪能しようとお願いしました。人生初の温泉按摩を受け、その施術に関して本屋さんと話しをする機会があり、それが気付きという形でDさんへフィードバックされた経緯を、Dさんの寺子屋の感想と併せて往復書簡を載せさせて頂きます。とてもリアリティがあったので、他の方にも共有して頂けると良いんじゃないかと思う所が満載です。

11月寺子屋は石坂宗哲の墓参をほぼ参加者全員でやりましたが、その日の講義の中で、昔本屋さんが彼方此方の湯治場などで、上手い按摩さんに施術してもらった時の事が話題に出ました。いろんな人の中に、高齢の方で突出した方が二人居たそうです。そのお二人は、1人は男性北関東、もう1人は西日本日本海側で女性、地域も全く無関係なのに、技術的には非常に似たものを持っており云々……、というお話の中で、お二人の言った事の共通点として「揉みに逃げるな!」「師匠に教わったのは手を当てておくだけ」と、具体的に温泉按摩の神髄をお話しになられました。温泉に入って緩むんだから、そのことを考慮して施術するんだ、と。

寺子屋会場でこの話しを皆さんに(狙いはDさんへ向けてであったのだろうと思われます)された後、寺子屋終了後、実際にDさんに手ほどきをされていました。
旅館でやって頂いてからDさんと合うのは今回が初だったので、ワタシの感想を直接お伝えする間もなく、講義の中で突然取り上げられてしまったDさんですが、新たな4千人への旅へご出発される門出になった出来事だったと思います。おめでとうございます。

以下、Dさんとワタシのやり取り。
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(↓以下、Dさんからワタシ宛のメール抜粋)

だー!やっぱり揉み返しありましたか!
気を付けていたつもりだったんですが。。。

旅館の食事や翌日の蕎麦など、
美味しく召し上がれなかったかもですよね。
せっかくの旅だったのに・・・
大変申し訳なかったですm(_ _)m
ごめんなさいでした。。。

そうなんです、前もちらっと書きましたが、
治せないのが悩みでして。。。

Kさんは、「治療1000人」なんですが、
僕の場合、「ただ人に触った3000人」だと思ってます。

最近例えばよくあるのが、
腰痛持ちで膝裏に圧痛がある人に
58分施術しても圧痛取れず、
最後の2分間で萩原先生揺らしをして取れるという。。。

時間内に間に合ってよかったと思う反面、
おいおい58分は何だったんだという、
悶々とした気持ちを抱えてます(苦笑)

終了後、本屋さんからは、
・揉み返しを起こさない施術技術
・やりすぎた時に患者さんの体をリセットできる技術(ドーゼオーバーをある程度解消出来る技術:本屋さん注)
の両方出来るのが理想だよね 
とのお言葉と、
見た目一緒でもこうとこうでは違うでしょ?!と、
実際に背中を触って(擦って)頂きました。

強圧とか軽圧とかではなく、
“効く圧”と“効かない圧” でした。
・・・何でだ???

「活法が、リセットできる技術なんだけど、講習出てた?」
と聞かれまして、、、
今更ながら小窓をさかのぼって見まして、
以前やられてたんですね。。。○| ̄|_
出たかった。。。

卒業してからとりあえず3000人の人を触ったことで、
出来ないこと・必要なもの・やりたいこと等々がわかってきたので、
これはこれで自分には必要な3000人だったのかなとも思ってます。

寺子屋の場で「もみ返しがあった」事を指摘して頂けたり、講習後にちょっと教えて頂けたりと、自分ばかり貴重なおいしい思いをしてしまい、ワタシさんが“もみ返し損”だったなぁと大変申し訳なく。。。

来月も楽しみですので、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。
Dより
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(↓以下はワタシからD様への返信です)

ご連絡せねば、と思いつつ日々が過ぎてしまいました。
本当はあの場(寺子屋でD様の事が話題になった時)でフォローに伺えば良かったのですが、
時間がなくて早退していましたし。

少し補足をせねばと思っていたのです。
「もみ返し」という程ひどいものではありません。
それは数をこなされているだけあります。
正確に言えば「右肩周りの動きがなんだか固くなった」という程度です。

「東鍼校のあん摩の授業を思い出した」と言ったと思います。
ワタシは敏感体質なので(といいつつ人には強刺激を多用するがさつ者ですが)
学生時代は「鍼は浅めで」「もみは弱めで」と周りにお願いしていました。

Dさんのは決して強めではないのですが、足りないものがあるのかも。
ワタシもさんざん言われていることですが
「愛が足りない」
「自分のやりたいことだけやっている」
この言葉の意味を施術を受けながら噛み締めておりました(笑)。

裏を返せば「相手の反応を見ていない」わけです。
卒後は主に本屋さんの手技を受けることが多く、人に触られることの基準が本屋さん手となっていたのですが、学生時代のあん摩を彷彿とさせる1時間に懐かしさと、自分はどちらかといえばこっちの世界を脱していないなとつくづく思ったのでありました。
事前にワタシのほうから感想をお伝えしようと思っていたのですが……。
勉強会の公衆の面前で突然に話が出てしまって申し訳ないと思っています。

旅から戻って本屋さんに聞いたことがあります。
「量をこなせば質が変わる、量質転換というのは一体いつ訪れるんだろう」
「ある程度の腕はあがって患者さんがリピートするくらいになったとしても、<技>のように質的に変化しないこともありますよね」

本屋さんの答えはこうでした。
「意識がなければ無理でしょう」

考える力がないと結果として人数をこなしてもある領域を脱することはできないんだと思います。
確かに人数をこなせば手が柔らかくなったり、患者さんが不快に思わない言動をそつなくできるようになったり、トークが弾んだり、また患者さんからはお声がかかるでしょう。
ワタシ自身が今この段階で、まだ階段を上りきれない大きな隔たりを感じていますし。

そうそう、具体的に右肩周辺の話をしましょう。
ワタシは足も含めて右側のほうが密集してます。緊張側。左側が弛緩。
右は必要以上に力みすぎて常に力こぶが抜けない状況で固まっています。
それが右顔面から腕にかけても緊張側として出ています。
横向きで施術して下さったときに、「固いですね、相当凝ってます」とおっしゃったと思います。

確かに固いんです。が、凝ってはないんです。
この違いが分かるのは本屋さんや○田師匠など臨床歴の長い先生です。
肩こりはずっと感じていませんが、確かに固さは抜けません。

固いですから押されれば痛みが出ます。
なので、凝っていると判断されたDさんが念入りに揉みほぐしてくれようとした「愛(笑)」が仇となるわけです。
この場合の愛は片思い的な一方的な愛であって相手の反応を感じ取ってないものです。
念入りにほぐそうと揉めば揉むほど、ワタシは「痛いよ~」と力を入れますから、翌日の固まり感が増すわけです(本屋さんはそれを数十秒〜数分で治す……)。

よく美容室で無理矢理な肩のマッサージをサービスと称してやりますでしょう?
あのときにぐいぐい押しては「固いですね」「痛いですか、凝ってますね」となる素人判断では駄目なんですよ。
固いけど凝り感は感じていないし、自覚がないっていう鈍感なことでもない。
でも、肩井は固い。
けどそこを揉んでも緩まないし、かえって固くなるから別の所を使う。
そうすると肩井が緩んでいて、実際に肩周辺が柔らかくなる。
これは、経絡按摩のように決まった手順を追って揉む世界観では見えてこないことです。

ワタシは外で施術を受けるときには決まってオイルマッサージしか受けないことにしています。
なぜなら「安全」だからです。
どんなに施術者に技がなくても、オイルで滑りますから圧が残ることはありません。
ただし、施術中のやってもらっている満足感はたっぷりと得られます。
この場合は術後効果はおまけであって、そこがなくても翌朝が同じ状態なら問題ありません。
結構普段からそんなに不都合なく整えていますので。

世の中、看板がやたらと目につく所にはそんなに腕のある方は居ないもので、とくに旅行先や駅前のように一元さんを相手にしている中では本屋さんのような光る技術を持っている方に巡り会えるほうが奇跡だろうと。

ワタシの言っているレベルは市井の按摩業界ではかなり高度なことなのかもしれません。
現に「○も○ん」などが蔓延しているわけで、受ける側はそこで満足しているわけですから。
ただ、「治せるようになりたい」のであれば、このレベルで話をしてはいけませんもんね。
道のりは長いですが、お互い頑張りませう。

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(↓以下、D様からワタシ宛に再度頂いたメール抜粋です)

貴重なメールをありがとうございます!!
とりあえず、お体の反応がワタシさんの想定内だったことに
ホッと致しました。

「硬いけど凝ってない」
このワードを見てハッとしました。
いました!今まででも数名。
触った硬さに対しての圧をかけたところ、「痛いので軽めで」と
ほとんど軽擦くらいで施術したことが。

いつの間にか『自分の物差し』で、
患者さんの“硬い柔らかい凝ってる凝ってない”を判断しちゃってました。
その人にとっての、
硬い柔らかい凝ってる凝ってないをそれぞれ判断しないと、
いわゆる「愛のある施術」にはならないんですね。

そういえば、元プロ野球選手だった知り合いを揉んだとき、
筋肉がゴムみたいな柔らかさで驚いたのを思い出しました。
でも今思えば、その柔らかさの中にその人なりの凝りや硬さがあるわけで。。。

大反省です。。。

本屋さんからも
「数やっても、ルーチンになっちゃうともったいない。そろそろ『量質転換』を。」
という言葉を頂きました。

また、寺子屋に2回参加して、自分が全然ダメだと感じたのが、
その前段階の部分です。

おそらく本屋さんって、施術しても全然疲れないですよね?!

施術側の体の使い方、そして患者側の体勢(初期設定)。
それぞれが両方とも一番効く体勢になっていると感じました。

例えば、患者さんの足三里を押すとき、
患者さんの足首は底屈してた方が効くのか背屈してた方が効くのか。
じゃあ膝は?股関節は?
じゃあその時の自分の体勢は?
等々、こんなこと今まで考えたことがありませんでした。
ここ数日、最初の一手から最後の一手まで見直し始めて
もがき苦しんでます(笑)

毎回、情報を整理しきれず頭の中がオーバーヒートしており、
自分の腑に落ちるまで時間がかかっておりますが、
この講習会に出会えて本当によかったです。

ちょうど一昨日でピッタンコ3000人でした。
次の1000人は、もがき苦しむ1000人にしたいと思ってます。
来月もまた宜しくお願い致しますm(_ _)m

D
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以上。
今回も長かったですね(笑)。
お付き合いありがとうございます。

年末特大号じゃありませんが、本屋さんが何を伝えたいのかが垣間見られるお二人の体験談だったかと思います。寺子屋のように多人数相手であっても、個人に合ったように伝授して行くことを大切にされている本屋さんなのでした(だから皆さんにも自己表現してねってよく言います)。これはオーダーメイド的な本屋さんの治療と同じであって、「愛」に満ちた教えであります。参加者のレベルはまちまちですが、基本的な「物事に望む姿勢」は共通する訳ですから今回の話も学生、新米先生の話ね、ということでは終わらないと思うのです。

意識改革を済ませたDさんの、今後の施術はドンドン変化して行くことでしょう。施術を受けた旅館はとてもお料理が美味しく、お部屋にこじんまりと露天付きの素敵な所だったので、また伺っちゃおうかなぁ〜。その時はまたお願いしたいと思います♪

ちなみに、ワタシが本屋さんに練習させてもらう時は決まって「勉強になるなぁ〜」で終わります(どういう風にやればいいのか、あるいはよくないのか、ということが再認識出来るの意……)。ほぼ毎回が撃沈です・・・。来年は卯年。ぴょんぴょんと飛躍の年にしたいもんです。

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