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2016年5月10日 (火)

6月からの六然寺子屋講座

桜も緑色の葉を繁らせ、木々も新緑の季節となりました。

 4月の寺子屋講座は、唯掌論入門、手根骨の離開から初めて、手の作り方について行いました。「手の作り方」という事が意識的に鍼灸界で話題になり始めたのは、形井秀一先生の『治療家の手の作り方』(六然社刊)の刊行からだと思いますが、ハード面で筋トレ的に手を鍛えよう、という事を系統概念を伴って積極的にやっている所はあまりないように思われます。
 六然社主宰の寺子屋講座では、ここ数年、3月と9月をそのトレーニングをメインにする講座を行っていますが、今年は3月に講演依頼が入ってしまった為4月の前半に行いました。
 後半では、唯掌論とは別に、活法系の手作りのある意味「秘中の秘」を公開したつもりです。
 某大先生の元で数年苦労した臨床家の参加者からは「あれ言っちゃうんですか?」との声も聞きましたが、もっと先を見ているので、ほんのスタート地点に過ぎません。今回公開した事は多分もういちいちやりませんので、各自工夫の上、努力して下さい。
とはいえ、事の重大さに気がついた人がそこそこいらしたようで、講座後丁寧なメールなど頂きました。
  「安心感を与える手」に必要なのは、「まず心構え!」とか色々言う人もいらっしゃいますが、まずは物理的な問題なんだという単純にして妥協のない視点を提供したつもりです。
心構えとか目に見えないなんだか分からないものに託す前に、やらなければならない事が手の中にあるのです。
 
「気を出す」とか気違い染みた事を言う前に地道に肉体を鍛えましょう。

 やってみなければ解らない事ですし、理解し、やった人だけが手にする事の出来るものですが、今回提供した視点を持ちつつ6月からの「三活法」講座に臨んで下さい。
 
 皆様の参考になりそうなので、4月の講習後頂いた感想を抜粋して掲載しておきます。
 
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別伝感想に書かせていただいたモヤモヤしたところをピンポイントで教えていただいた上に、最前列に座ったおかげか、何度も鍼のない散鍼のタッチを味わわせていただき(考えてみたら、実は初めてでした)ずいぶんと得した気分でした。


そして何より、今回の口伝をうかがってから、毎日実験が面白くて仕方ありません。
感想というか、教えていただいたことを色々試して何が起きたかの羅列に近いですが、ご笑覧いただければ幸いです。


◯今回の口伝と「平にする」

自分の手首を反対側の手で掴んで、動き方をみていると、手→手首→腕はなるべく曲がらないように・ねじらないようにしたほうがいいらしい、ということがまずは実感できました。
つまり「平にする」状態が今回の口伝の前提になるということかと。


そのうち、手の指先から体幹、果ては足の指先まで、「体の内側から感じる内圧」になるべく偏りが生じないようにしたほうがどうやら具合がいいように感じられました。


別伝への感想のメールにいただいたお返事で、
>「平にする」というのは独特な用語で、
> 実をいいますと、手の話だけではありません。

とありましたが、なるほど、「平にする」というのも今回の口伝も身体の「フルセットボーナス」状態に至る概念なのか、と思いました(唯掌論のときに「手だけの訓練じゃないんですね!」という声も上がっていましたね)。


ならば、馬歩の稽古の時に、腕の状態を「掌を内に向けた状態にして握る」ことに寄金さんがこだわっていたのは腕、ひいては全身を「平にする」ためだったのか!


萩原先生が直伝講習会で見せて下さった掌を下向きにする形について、以前の別伝で寄金先生が、「目的次第ではあれでいいんだけど、体に馬歩の稽古で作っていくものとは別のことが起こってしまいます」とおっしゃっていましたが、ようやくそのことが実感できた気がします。
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◯今回の口伝を注意しながら、大東流の独り稽古をやる
今度は、手根骨をゆるめる意識でひとり大東流をやってみたところ、
これまで力を抜いているつもりだった場面でも、色んな力がそこで止まっていたのだということがマザマザと思い知らされ、こりゃあ、どえらいことを教わってしまったなぁと思いました。

手首を曲げない、力まない、という「否定」の意識では気付けなかった力みに、今回気づけけたのが面白いところです。前腕だけを使った動き、というのがむしろやりづらいので、上腕や体幹で動きを作らないといけない、ということで、やはりこれも
「フルセットボーナス」の効用ですね。

剣術についての本を読むとよく見かける「手の内」という言葉ですが、今回の口伝を使うと、包丁を使って野菜を切るときズイブンと楽になることに気づき、面白くなって必要以上にザクザク野菜を切り続け、妻に怪訝な顔で見られました。

例によってその妻を実験台にし、自分なりに今回の口伝を用いた状態と、「従来と同じ状態」とで触ったり押したり揺らしたり、といったことをすると、感じはかなり明確に違うようでした。

指尖を当てるような指圧をやっても、圧はむしろ強く感じるが、痛みがない、と。

「彼我の緊張がぶつかりあって拮抗状態になると痛みが生まれる」のが、自分の内側に遊びを確保しておくと、拮抗状態が生まれない、ということなのでしょうか。

合気上げなども、考えてみれば身動きのとれない拮抗状態(に見える状態)から相手を崩すわけですが、自分の内部に動ける余裕があれば、すでに余裕がない状態になっている相手を崩すのが容易なのは道理で、いろんなことが繋がった気がしました。

○筋膜と今回の口伝、そして掌を開く、ということ

いただいた資料の中に、テニスボールをなるべく大きく握ることで全身の筋膜系を
ゆるめるセルフケア法が書かれていましたが、手首の離開をうまくやれると全身に影響を及ぼせる、というのはこのためか、と合点がいきました。


自分を平にする(ニュートラルになる)

相手の身体に余計なノイズが伝わらない
操作ができる

相手も平になる

……ということが、目指すべき方向なのかなぁと思いました。


そういえば、テニスボールのセルフケアに関連して、長生療術では「掌をなるべく相手に広く大きく密着させたほうがプラーナが伝わる」という口伝があります。
たしかに今回の口伝を用いると、上腕から前腕、スッと指先に何かが通るような心地よさがあり、なるほど、気やプラーナを色々なことの説明原理にしたいのであれば、この感覚を気とかプラーナとか呼びたくなる気持ちもわかるなぁとは感じました。

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○今後の課題、色々ゼロに戻った気がする件
結局、今までの身体の使い方では「過ぎた」ところと「足りない」ところが出てきて、結局は全身の使い方を見直さざるを得ず、そこそこ出来ていると思っていたことが、ガラガラと瓦解し、また積み上げ直しだァ~という感じで、聖帝十字陵の石を
積んでいる気分で、実に面白いです。

あと、笑ってはいけなさそうなところでも笑えることが大事、という話がやたらと印象に残っています。

諧謔の精神は、自分の内部で物事に感情的に反応する手前に「遊び」を作るものだと思っているのですが、この話は、手根骨の話に通じて、

「自分の内部に「遊び」を確保しておくことの大切さについて」

という一貫した裏テーマか!と深読みして喜んでおりました。

……毎度とりとめ無く長くて申し訳ありませんが、
とてつもなく貴重な口伝を教えていただき、ほんとうにありがとうございます。
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 このての感想を下さる方がいる限り、寺子屋講座も続ける意味があろうかと思います。
5月の第3日曜日15日は、湯島聖堂で鍼灸祭があり、そちらに参加したいと思いますので、六然社の寺子屋講座はお休みです。22日は別伝やります、29日は刺絡学会の学術大会がありますので、お休みです。6月の第1週はちょっと検討中です。
 6月からの寺子屋講座は、以前もやった事のある「三活法」を行います。
 既に臨床に使っていらっしゃる先生からは、度々質問を受けますが、脳活にしろ、足活にしろ、その前段階で出来なければならない事がありますから、進歩状況を見ながらやっていきます。
 初回の参加者もいらっしゃるので、場合によっては、脳活だけで数回に渡ってしまうかもしれませんが、それぞれの進歩具合で出来ること、見えることも違いますから、各自御工夫ください。
 とはいえ、活煕術では、3セットで一つの活法扱いですから、出来るだけ一通りの習得をお勧めします。
 前回御参加もしくは既に習得済みの方以外で、参加御希望の方は、数名空きありそうです。必要事項を明記の上こちらまで御一報下さい。
 

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