2008年6月14日 (土)

手技勉強会感想

 先日、告知どおり手技勉強会が開かれました。その感想をば久しぶりに長々と書きましょう(笑)。

 場所は今度ワタシが開業する治療室。こじんまりとした空間ですが、結構良かったです。自分で言うのもなんですが(笑)。専門家に特注したベットを机代わりにして参加者が輪になり、前では本屋さんがホワイトボードに書きながら説明。実技ではベットに参加者が次々と乗って、手技を受けるところを近距離で凝視タイムとなるわけです。熱心に聞き入る皆さんを見ていて、目には見えない良いモノがワタシの治療室に蓄積されていくような感じがしてすっかり良い気分でした。こういうものが蓄積された部屋だと治療が上手く行く気がしますから(笑)。

 最初の1時間ちょっとは座学でした。天丹人丹地丹の話とか、操体法の歴史を順を追って説明するとか、超簡略的に本屋さん得意のまとめ技が炸裂。仙道の話もでてきましたし、修身斉家治国平天下、などという聞き慣れないフレーズがポンポン出ました。「ツボなんて頭の中の問題だから。ツボを感じるのは脳」と言い切ってみたり、「鍼灸師は証なんて立てるより前にやる事はいくらでもある」「病名治療もできなくちゃダメ」「体をちゃんと見てない人が多い」「小手先の技が大切です」と、言葉だけ読むと誤解されそうな内容をしきりにおっしゃいます(笑)。

 その後実技へ。例の手技(呼称がないと不便だから名前をつけてくださいとお願いしたんですが却下されました;笑)が出来ているかを自分の体で確認する方法をみんなでやってみることひとしきり。この手技を教えてもらってから、ツボの取り方が飛躍的に上手くなったと自分では思います。まじない、薬、知恵神である少彦名尊の子孫と言われるそうであるこの特徴的な指の曲がり方を学生時代に聞いたときは「ワタシは曲がらないや。子孫じゃないのか、ちぇ」とだけ流しましたが(笑)、ツボを取る時にこの形を意識すると意外とできるものですね。実際にこの指の形で取穴すると、その場にすごい集中できます。本屋さんが言っていましたが、伝説もあながち侮れないというか、実はそこにエッセンスが潜んでいたりするもんだと。

 その後は例の手技を越えて、一発療法がどんどん出ます。「これはこうやった方が実は早く取れる」という本屋さんの引き出しを惜しげもなく披露。肩井の凝りは○○で取る、肩甲骨間の椎骨際に出る針金状の凝りには○○に針をどのように打つと効くとか。腰痛を仰向けで取る方法から胸脇苦満を一発で緩める療術などなど。卍の鍼等々。ついちょっと前「ツボは脳にある」と断言していたはずが、尺沢や三陰交のリアルな取り方を説明。だいたい力のある臨床家の先生方って、こういう多層性・多重性の考え方をお持ちですよね。○が基本だけど、こういう条件なら△、こっちなら□・・・とか。確かに本屋さんに言われたように三陰交を取ると、肋骨からお腹に向かってチリチリ感が出るんです。「お、チリチリ来るなぁこの場所」と思いながら押していたら、「大絡って言葉もあるけど、脾経は大包で集約されますからね」という本屋さんの何気ない声が耳に入ってきて、納得。このピンポイントさが臨床を左右するわけです。

 いつものことながら、予想通り時間を大幅に(!)オーバーして終了。これだけ少人数ですと質問も出やすく、終わりがなかなか見えてきません(笑)。こういったやりとりで得られる貴重な情報も多いですから、どんどん発していただきたいものです。

 このような少人数限定会はワタシが推し進める(勝手に)プロジェクトの筆頭にございます。といいますのも、寺子屋スタイルでは教える側、教わる側にとっても限界がどうしても出てしまうのです。大勢の方がいる前では質問も出づらいですし、「少人数で相手の反応を見ながら教えるのが本来だ」と常々おっしゃる本屋さんの意図を実現できる場が、少人数制の実技講習会なわけです。

 寺子屋スタイルは話を聞いて刺激を受ける場ですから、それはそれで大切だと思っています。お話の中で色んなお題を頂くわけで、皆さん色々と深く考えることを始められるきっかけになると感想を頂きます。なので続けますよ~。身体作りもああいう広さがないとやれないですしね。ただ、寺子屋の中で出来てきたエッセンスを汲み取る場があった方がより現実的じゃないかとワタシとしては思ってきたわけです。手とり足とりじゃないですが、その方の進み具合に合わせて的確なアドバイスができる類希な才能をお持ちの本屋さんですから、その醍醐味を堪能できる場があればと。勉強会前日の飲み会ではそういった会が自然発生的に生まれることもありますが、深夜でなく(だって眠いんだもん;笑)、系統だったこじんまり勉強会ができればと思っていたわけです。そういった意味で、7日の夜はワタシの中では試験運転みたいなものでして、確かな手ごたえを感じたわけです(笑)。

 確かな手ごたえを得た時には、続きがあるものです。次の日に某先生がいらっしゃいまして、とっておきの療術系の本を見せてくれました。面白かったですよ。

某先生「この先生は○○の弟子なんだよね」

本屋さん「へーそうなんだ、それは知らなかったなあ」という会話の後に、本屋さんが昔その先生を取材した記事を読んでいた某先生、「ちゃんと書いてあるじゃんここに」…そうなんです。昔本屋さんがその先生を取材した時の記事があって、そこにはしっかりいろいろとその先生の出所進退が書いてありました。

「あれえ、全く覚えてなかったなあ」と本屋さんでも忘れる事ってあるんですね。

某先生「糖尿病とかもこれかなり効くんだよ、僕は灸頭針しちゃうけどね」

本屋さん「この眼のところはねー試してみたら軽い斜視の人治っちゃったよ」

某先生「相当使えるよね、これは」

 お二人がその○○流の先生についてさらに色々と話しているのを側で聞きながら、「あれ、本屋さんが色々やって最後の方に出てくる引き出し達ってこの中に書いてある事??」と、頭の回路が繋がったですよ。先生方が置いた本をジロジロと読みながら、「これをテキストにして系統立って教えてもらうのはどうだろう?」と思いつきました。

 自分の治療院をスタートするに当って、今後は更に臨床直結的内容を自分の中に植えつける会を作って、どんどんスキルアップしちゃおうという魂胆です(笑)。「ワタシが知りたいことは、他の人も知りたいはず(笑)」と思って、今後も告知をしていきますので、ご興味がある方は便乗してください。自分の治療院で勉強会が開けるメリットはとても大きく、いつなんどきでも会場手配をせずに、タイムリーに必要なテーマを習える場を作れるわけです。う~ん素敵。後は講師の先生のスケジュールをお願いするだけです(笑)。あ、シュガイザー先生も学校が夏休みになったら来て下さるかも知れません。その際は、少人数制でもお願いしたいですと伝えておきましたっ。

 話がそれましたが、近々に開催実現をしようと思っています告知を。現段階では名前を明かせないので便宜上、《とある療術を系統だって学ぶ会・全6回》にご興味がある方、ご連絡を下さい。この療術は主に大腿を中心とした部分に着目しているものです。本屋さん曰く「鍼はやらない」とのことですが、7日も手技といいつつ、結局皮一枚を通す切皮の仕方やら、すんなり横刺やら、散鍼やらなどを紹介していたので(笑)、毎度の事ですが随時色んな方向に話が飛ぶと思われます。全6回としているのは、本屋さん曰く「自分が習うなら3,4回でいけるだろう」とのことでしたので、ならば倍の数が適当であろうと勝手に判断しました。人数は7名限定です。実際にペアになって手技をやりますので、そうなるとせいぜい4組が空間的にも限界であろうと。開始は7月より始めたいと思っています。開催曜日ですが、やはり日曜が集まりやすそうなのでここに標準を合わせたいと思いますが、第○日曜が良いのかはアンケートを取りたいと思います。

 ご興味のある方はこちらまでメールにてお問い合わせ下さい。詳細を送ります。

※ 問い合わせが多い場合は先着順となる場合があります。予めご了承下さい。

 

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2008年5月 1日 (木)

祝賀会の報告

 先週の日曜日、大阪ではシュガイザデーが開催されておりました。午前中の講義の内容の濃かった事。脈診をどうやって学んでいくかについての方法論を展開されていました。ここから進むか進まないかは皆さん次第、というところまで連れて行ってくださいました。森ノ宮の階段教室がぜ~んぶ埋まってしまった熱気はすごかったですね。席が無くてお断りした方、ごめんなさい。またの機会をお待ちくださいね。(祝賀会に間に合わず、勉強会だけ参加された方も少なくありませんでした)。

 たっぷり勉強した後に望んだ祝賀会は全く別世界。先程までの古典の世界とは打って変わって、真っ赤な絨毯に金屏風。派手な衣装で参加者を待ち受けるばーば佐智子先生他、受付嬢の皆さん。2時間なんて本当にあっという間ですね。和方のメンバー同士で着飾るということも無いわけですから、アオザイで便乗させてもらいました(笑)。その他ドレスはもちろん、サリー、チャイナドレス、和服と華やかでしたね。記念写真を取ったりと、楽しかったです! 次のビックイベントは多賀フォーですね。今年の多賀フォーで講演される加地伸行先生は漢詩を長野先生に贈られていました。その素晴らしい事。凡人が踏み込めない境地を垣間見ました。まぶしいっ。シュガイザー先生、ほんとはそっちの世界の人なのね・・・的な(笑)。替え歌カラオケで踊るシュガイザー先生のほうが親しみやすくありますが、今後とも更に更に幅広いご活躍を期待しております!!

 さて、主宰者のばーば佐智子先生からメッセージが届いております。祝賀会の会場では御自身の新著も発表されておりました。佐智子先生がこの数ヶ月極秘にやってこられたダイエット法、ようやく公開です! 詳細はこちらをご覧下さい。

☆ お陰さまで大盛況でした ☆
【祝賀会&長野仁先生独演会in大阪】
各位
当日はお忙しい中、全国各地からお集り頂きありがとうございました。
心より御礼を申し上げます。
歌ありアクションありの楽しい二時間は
あっという間に過ぎてしまいましたが
祝福と笑いに包まれた祝宴となりました。
今回の祝賀会に針聞書(九州国立博物館所蔵)の
復刻版が間に合わなかったことは残念でしたが、
復刻版が出版されましたら
またイベントを開催したいと思っています。
これからも宜しくお願い申し上げます。

和方鍼灸友の会・非公認宴会部隊(笑)・ばーば佐智子拝

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2008年4月26日 (土)

4月の寺子屋感想

 先週末は恒例の(になってくれると良いんだけど・・・;笑)、本屋さんの寺子屋デーでした。全国からお越しくださった皆さん、今回も大変満足された様子です。

 まずは前半の講義。今回の資料も大量(笑)。

「今回はツボの話けっこうしたよね」と言う本屋さん。確かに(笑)。していました。といっても、今回のプリントの範囲小腸経、膀胱経の話をしたわけではございません。そこが本屋さんですから(笑)。ワタシが思うに、いつもの臨床で使っているツボの話をされていました。ですから、とってもお得情報満載でしたよ。それから、《鍼灸師のツボの選び方》という資料も配られていました。「○○症」→「○○のツボ」という素人的ツボの選択法ではなく、「○○症」という病名から具体的な主訴を聞き、証を立てて、「△△証なら■■、★★証なら☆☆」という風に選択に至ってくださいという話。「証に合わせた選穴・配穴の簡単な知識」と題した項目など、このまま教科書にしてしまいたい内容です。「読んどいて」とだけでさっと飛ばされていましたが、読み応えばっちり。きっとワタシが読んでいた時間、日本の何処かで(笑)同時に読んでいた参加者の方がいらしたに違いない。「僕の話を聞いた人は臨床が変わるはず、そういう話をしています」っていってまぴた。

 《風水》に関する書籍のピックアップもありました。天人合一思想の一環として、前回は顔相だったりと、東洋思想をあらゆる角度からてんこ盛りです。望診で必要とされる人相から、田宅、風水へ一貫して東洋思想が流れている事を本屋さんは強調します。その参考としての資料。そういえば、この資料を本屋さんが作っている時、ちょうどワタシが自分の印鑑を作ろうかどうしようか迷っておりまして、どの書体がいいのか、円形の中にどこに接点が有るのがいいのか、名前だけのほうが画数が良いのか・・・といった印相で散々悩んでおりました。かなり独り言が多かったんだと思います(笑)。「中国四千年の占術に印鑑善し悪しはない!」といいつつ、すっと差し出された本には、「印相と運勢は関係ない」というトピックがあり、穴が開くほどジロジロと読んでしまいました(笑)。この本の中でも「騙されるな」精神が発揮されており、「へぇ~」と大変勉強になりました。

 それから、まつだひろきみ先生があはきワールドで執筆されていた(最終回を迎えました「鍼灸で今日も元気」)、「ハイデッガーの技術論から、鍼灸について考える・序論」(に当然ながら本屋さんならではのハイデッガーの資料+α)を取り上げて、一つの資料が完成。と申しますのも、松田先生も受講者として参加されているからなのです。いつも前のほうの席でしっかりと拝聴されております。身体作りも出席されており、前回はみんなと一緒になってゴロゴロもされていました(笑)。

 それから《身体感覚を取り戻す》という雑誌対談の抜粋。竹内敏晴氏、山田真氏、斉藤孝氏の三人による鼎談です。これは身体作りの参考資料として使われた模様。・・・模様と言いますのは野暮用のためワタシは早退させて頂きましたので、身体作りの詳細はわからんのです(涙)。聞くところによると、本屋さんの新技手技療術まで披露されたそうです。先日○っちゃんの治療院で深夜の勉強会の際に披露していた技です。指を当てるだけでコリが取れるんですねぇ、簡単に説明すると(笑)。これは実際に見ていただいたり、受けていただかないと語弊が有りますが、所謂「気を出して~」などという類のもではなく、本屋さん曰く「お喋りしてるぐらいがちょうどいいかも。何かを込めたりしなくていいから。抜くだけ」という、極々シンプルな表現に終始されます。でもねぇ、この「抜く」が難しいわけ。身体の使い方が大いに問われる手技ですが、本当に鮮やかにコリが取れていきます。知らない人が見たら「手で触れるだけで!!!」と教祖として崇めてしまうことになりそうな(笑)、そんな手技なんですよ~。

 本屋さんにお友達が送ってきた感想をワタピも読ませてもらいました。「今回は本屋さんの新たなステージの治療を拝見出来、人間の可能性って何処まであるのだろうか?と妄想しながらの東京でした。…後略」やはり本屋さんの影響は少なくないみたいでした。

 さてさて。来月は鍼灸祭の為お休みです。この鍼灸祭、5月18日(日)です。皆さんふるってご参加くださいね。参加費は500円。懇親会参加費は3000円です。 今年の演題は、 

演題1「体や病に関わる漢字について」加藤 道理先生(財団法人 斯文会理事)

演題2「沢田流太極療法による鍼灸臨床」山田 勝弘先生(日本鍼灸理療専門学校講師)

 今年から大成殿ではなく、祭礼も講演も講堂でやることになりました。例年通り、本屋さんのつてで明治屋酒店さんの美味しいお酒類&ジュース類が登場予定。楽しみにしていてくださいね! そしてそして、もしかすると、『TAO鍼灸療法』でも連載していた「島の鍼灸師」クールヘアー先生にも合えるかもしれません(笑)。

 6月の講座で、今回の『経絡経穴その他」はとりあえずの区切りですが、身体作りを中心に、今後とも続けていきたいと思っています。「経絡経穴はもうやめようよー」と本屋さんは言います。経絡経穴の話を(するけど)しなくちゃいけないっていうのが嫌みたいです。経絡経穴の話をするなら、結局体の話をしないわけにいかないし、経絡とか経穴って体の上に成り立つものだし、脉やツボや、診断や古典に興味あっても何故か体には興味ない鍼灸師が多すぎるってよく云ってまぷ。ですので、前半気まぐれ講座、後半体作りって感じで継続出来れば……と。こちらもお楽しみに~。

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2008年4月24日 (木)

脈診講座2 満員御礼

 明日開かれます、《脈書を読むの巻(2)・主要参考書籍『脈法私言』》の講座は満員御礼となりました。締め切りを過ぎて尚、お申し込みをいただいておりますが、お席がもうない・・・ということで大変申し訳ありません。当日受付枠はありませんのでご注意下さい。また次回の開催をお待ち下さいますようお願い申し上げます。といっても、「気まぐれ講座」と銘打っておりますので、いつになるかは定かではありません(笑)。アシカラズ。

 当日は亜東書店さん「特販部」も出店されます。ほぼ、見本展示の形を取るそうですので欲しいものがあれば、用紙に記入していただきましてお申し込み下さい。後日配送してくださる手筈です。

 10時から2時の開催時間ではありますが、時間分配は長野先生にお任せです。ですので、途中休憩がどこに入るかは進行具合によってとなりますことを予めご了承下さい。

 教室は森ノ宮医療学園の605階段教室です。今回も全国隅々からいらっしゃる方の多い事。先週の日曜も会った奈良、京都、福岡、高知の先生方とは「また来週~」とお別れ(笑)。全く距離を感じない不思議な人々です。行動を力にすると距離って障害ではないですね(遠距離恋愛風;笑)。某先生は「お金と時間をかけて勉強会に行くと何故かその後患者さんが増える」っておっしゃってました。なかには、祝賀会参加を悩んでいたけれども講義があるから行く事にしましたという勉強熱心な先生方も少なからずいらっしゃいました。その他、今回は長野先生のお膝元ですから、森ノ宮の学生さんも多いです。普段の授業内容とは違ったコアなお話が聞けることでしょう。

それでは皆さん、明日お会いできる事を楽しみにしております!

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2008年4月23日 (水)

祝賀会まであと4日

 27日の午後から開催される祝賀会にお申し込みの方へ。発起人のばーば佐智子先生からメッセージが届きましたのでお知らせいたします! いよいよですね。午前中から脈診講座に参加される方も多いと思いますが、丸一日シュガイザーデーで楽しみましょう。
☆♡☆ いよいよ祝賀会 ☆♡☆
【祝賀会&長野仁先生独演会in大阪】
祝賀会まであと4日。
ド派手な祝宴にしますので
どうぞご期待下さい。
受付は3時30分から。
開演は4時00分で祝宴は2時間の予定です。
当日はドレスや着ぐるみ等で参加される方のために
着替えのお部屋も、ご用意させて頂いております。
遠慮はいりませんので
皆様も普段は着れない(笑)ド派手な衣装や
コスチュームでご参加くださいませ。
私もワクワクしています。
では当日会場でお待ち申し上げます。
祝賀会発起人ばーば佐智子拝

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2008年4月 9日 (水)

寺子屋3月の感想

 3月度の寺子屋が終ってからもうこんなに月日が経ってしまいました。講義テーマは「経絡経穴」のはずなのに、二時間弱の中でそれに費やした時間は30分も無かったかも(笑)。本屋さん曰く「誰でも喋れますからね、経絡や経穴の話なんて。だから資料を読んでくださればいいんです。皆さんも自分で使うツボの資料を作ってみるといいですよ」と、投げるわけです(笑)。本屋さんが用意された経穴の資料は色んな古典からの引用や、東洋的身体論も踏まえた内容が満載。ですが、その世界観は自分のものだから押し付けたくない、とおっしゃるわけです。なので各自で自分の世界観を投影した「マイツボ集」を作り上げると良い勉強になるよ、とお勧めされていました。ワタシもやってみようと思いましたが、いざ考えてみると、一つの経絡で使っているツボって言うのは本当に僅か、っていうか乏しいんです。全部書き出してみると面白いぐらい少ないと思います。こういうのってやってみるといいんですよね。自分の偏りが目に見えると思いました。

 で、残りの1時間以上は何の話をされていたのか・・・。今回も内容が濃かったですね~。中沢新一や薮内清、湯川秀樹に始まって、世界各地の神話の話からヒルベルトの数学基礎論まで登場し、普通に仕事をしながら準備も含めて2日間ほぼ徹夜状態ですから、テンション高くどんどん話が膨らんでいきました。なんせ前日の飲み会が始まったのが深夜2時半からですから(笑)。今回は前回のコピー屋足止め事件を踏まえて、先に資料を作ってしまいたかったんですねぇ。夜の12時くらいにコピー屋に行ってマスターコピーを作ってもらい(某漫画の1部を使ったり、変則レイアウトの本の省スペースコピーを作ったり、これが結構面倒)、マスターが出来た頃ワタシが行って、コピー機の前で明日使う漫画を読みながら待つ事30分以上、ワタシがコピー屋から戻ってきても、本屋さんと関西からいらした友人の先生達はまだ途中の公園でなにやら練習をされていました。しょえぇ~。寝ない上に身体を動かす、ここがポイントかもしれませんね。で、二時間肉練。その後、ご飯。重いのに関西から御持ち下さったお酒と某お寺の境内由来の柑橘類。そういえば鴻仁先生も、Mっちゃんも、本屋さんも柑橘類好きですねー、(笑)。で、お友達が寝たのがほぼ朝の6時。そのまま本屋さんは起きてたみたいで、朝の8時に遠路関西から某ブツを車で運んできてくれたMっちゃんとその片腕(?)を迎えます。で、何故か一瞬みんなで本屋さんの奥様の顔を見に本屋さん宅に行き(笑)、都内をドライブして会場へ。

 頂いた御意見の中には「前回以上に経絡経穴に触れてないところが素敵でした(笑)。」というものもあり、何が大事なのか気付き始めた人もいるみたいでした。 療術系のある先生に付いた時の話とかは、本屋さんならではのエピソードでしたね。「足裏を使って全身の症状を取る名人がいて、その先生の所に習いに行っていた時に、その先生は触る足の上にバスタオルを置いちゃって手元を絶対見せてくれない……、一緒に見学に行っていた何人かは、先生が意地悪をしてるんだと思ってその内にやめてしまったけれど、僕は『この先生はなんて親切なんだ』と思った」ってお話でしたね。そして「この先生を意地悪だと思う人は、伝統的な世界には向いてません! だからそう思う人は人にモノを倣うのも無理だからやめた方が無難!」って言い切ってました。何故か分かりますか?ってこれは答えるように参加した皆さんに投げ掛けてまして、それで、一番最後の質疑応答の時に、とりあえずの正解を答えられた参加者の一人がいました。ですので、参加されていた皆さんも答えは分かったようですが、本屋さん後で言ってました。「ほんとは、あれ、他人の答え聞いちゃうんじゃなくて、一人づづ考えるべきなんだよな、だから○さん(答えた人)だけからこっそり正解かどうか聞けばよかった」って。 

 いつもの事ですが、本屋さんは安易に答えをだしたり、人に聞く事ではなくて、「自分の頭で考えろ」って突きつけます。でもよくある投出しではなくて、ヒントや或は自分はこう考えるけど……というのをちゃんと提示します。ほんとは、本屋さんの引き出しにある、「手のこのツボを使うと体幹部のこの部分が緩む」とか、足のこの部分をこうすると内臓がこう変わって云々とかそういう部分を期待してるのかもしれない(てゆうか、そういうものをワタシは実際に見聞きしているので、それらを伝えたらもっとみんな喜ぶんじゃないかとか思ってしまっていたりします)。

 でも、本屋さんは言います。「それは僕の(妄想空間から生まれた)ものだから(押し付ける気はない)」「私塾のつもりはないから」「そういう感覚を含んだ技術面での知識は一人一人が妄想して見つけ出して身に付けるべき事」 しつこく「イメージ」とか、「想像力」とか言う言葉を極力使わず、「妄想」、とか「迷信」とかそういう言葉を使って説明する本屋さんですが、始めはビックリしていた参加者の先生方が(仕事の都合で来れなさそうなので辞退されたお一人以外)、全然減らない事からも、ちゃんとその意図は伝わっているみたいですね。感想を下さった方の了解を得て(めずらしぃ~)、載せちゃいますのでご覧下さい(最近のあはきワールドでもこの講座紹介されていましたね)。

 今回のセミナーは前回よりもかなり打ちのめされました。かなり凹んでます。ひとつは末期患者に対する対応です。私も老人ホームに勤務していますので、ターミナルケアの入居者を相手にすることが多いのですが、明らかに見込みの無い方に対した、きちんとした対応が出来ていたかと思うと反省することしきりです。思うに、本屋さんも最初からそう言って(対応して)いたのかと考えると、そうではなくて、それを言うだけの人生の重みというか、命に対する厳しさ強さを経験し考えぬいて、その境地に立てたように感じました。表面的な言葉、特に活字にしてしまうと、きつい印象がありますが、それも深い所では人間に対する優しさ、命に対する畏怖を、私は感じとることができました。まだまだ私は甘い。すべてとは思いませんが、宗教的死生観も、寄金先生の治療哲学の背景になっている気がしました。学校では絶対習うことのなかった、生まれて、生きて、死ぬ存在としての人間を治療者として、いかなる眼差しを持って付き合っていけるか、非常に重い宿題をいただきました。

 もう一つは、体作りで、脊椎の屈曲、伸展、回旋のみで背臥位から坐位まで姿勢を変化させていくもの。理学療法士としては仕事のなかで障害者の方に体の動きを指導したり、訓練するものですから、これに関しては我が意得たりと思い張り切って挑戦したみましたが、見事玉砕。いやー、これは難しいです。一見、単純そうな起居動作に思いましたが、脊椎の分節性が高度なレベルまでに細分化されてないと、本屋さんのような動きにはならないようです。少し表現が悪いかもしれませんが、鰻か蛇が起き上がって正座するなら、あんな動きかになるのかなあ、と思いました。毎回参加するたびに、いろんな課題にぶつかり凹んでしまいますが、それはそれで楽しみではあります。そんなわけで次回も楽しみにしてます。

 以上、感想でした。身体作りでは「前回は筋肉痛の人が続出したらしいので、今回は寝ましょう(笑)」で始まりました。腹直筋を緊張させずに足を上げるという普通では鍛えにくい腸腰筋を鍛える鍛錬法と、以前にも行った事がある「ごろ~ん」をやりました(笑)。身体の力を抜きながら回転して進む、というこの技は見ていると気持ち良さそう、すぐに出来そう、に思えます。ですから、皆さん場所をどんどん広げてゴロゴロと床を転がりまくっていました。自分もゴロゴロとずっとしていたのですが、ふと気付くと、畳部屋からかなりの人数が文字通り飛び出していました(笑)。大の大人がひたすらに「むずかしいぃ~」と言いながらゴロゴロ身体を使っている図は面白いものがあります。なんだか無性に楽しくなってしまい、隣の先生は「身体で五行を表現しろ! まず丸くなって種を! それから芽が出てくるんだ!・・・」と生長化収蔵と蔵府というテーマで表現だ、と囃し立てるし。五行ボディワークの時間は笑いすぎて疲れました(笑)。  さて、今月は20日です。皆様どうぞお楽しみに。 ========================

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2008年3月 5日 (水)

寺子屋、来月に向けて

 無事、寺子屋講座が復活出来ました。当日は、朝の六時まで、本屋さんと四国や関西からいらした先生が歓談、直前力で仕上げた資料をコピーしようとコピー屋さんに行ったら、コピー機1台壊れてて思うように進まないし、東京マラソンで閉鎖の道路等もあって、ワタシは遅れてしまいました。コピーにすっごい時間が掛かるのを注意しておくべきでした・・・と反省しながらお墓参りが終っていくのを悲しんでおりました。だって、資料がすっごい多いんだもん(笑)。

 本屋さんは8時台に事務所を出て、やはり早朝一番列車で関西からいらした先生と合流、某病院にお見舞い&治療をしてから、予告通り11時半前にお寺に到着。石坂家の墓参を無事済ましたようです。ちゃんと「数珠」と「鈴」を持参、本格的にお経があげられる所が本屋さんの不思議な所。参加出来なかったので何をしたのか聞いてみたら、「開経偈の後、懴悔文 般若心経 光明真言 阿弥陀如来根本陀羅尼 大悲心陀羅尼 等々」だそうです(字が分からないので書いてもらったですぅ~)。

 そうそう、本屋さんがちょっとした休み時間に、ブックス鴻仁先生に倣って本のオークションをしてました。あの場で本が入手できなかった参加者の先生が、本屋さんが紹介したものをメモって帰り古本屋で見つけたんだそうです。そして、その先生から、
「凄い手応えを感じて、泣きそうになってしまった。人生、変わってしまうかもしれません!」
「最近、こんなに深く響いた本はなかったので、 概念や、観念論ではなく、肉体の重さを持った言葉で書かれた本だと思いました」。
 という感想を頂いたそうです。

 本屋さん曰く、
 「これでもやたらなんでもかんでも紹介するわけじゃないんですよ。少なくとも、多くの未知の人間に触れあっていく鍼灸師という職業だったら、やっぱり知ってるのと知らないとでの差が大きな領域ってあるわけで、そこに役立つものしかああいうとこでは紹介しないからね。自分の趣味の本を紹介するほどアホじゃありません。」
 確かに、事務所に遊びに来ていた某先生や某先生には、講座なんかでは絶対話題にしないような趣味の本を貸していましたね(笑)。

 あ、こういうことを書く為に書き始めたんじゃありませんでした。

 初回寺子屋講座に御参加下さった方で、次回以降「不参加」予定の方は、予め早めに御連絡を下さい。キャンセル待ちの方がいらっしゃいます。特にからだ作りの方は、現状人数が多すぎるので、なるべく「来ないで下さい」ってことですので、数人減ってちょうど良いくらいです。「半畳で出来る事もあるけど、1畳スペースあると望ましいんだよね」って言ってます。どなたか積極的にリタイアする方いらっしゃれば至急ご連絡下さい。新たに入れる人の枠ができるかもしれませんので。 

 そうそう。内容は……経絡の話しに行くまでに随分時間かかりましたかね。アジテーションというか、色んな話が盛りだくさんでした。これは直接聞いていただかないとわからない迫力です。ただ、本屋さんがどんな心持ちで挑んでいるのか、というのが良く分かる文章を転用したいと思います。ベースは本屋さんが参加者のお一人に送られたメールでございます。 どうぞご覧くださいませ~。って書いていたら「それは使うな!」って検閲が入ってしまいまぴた。

 ちぇっ! 仕方がないので、参加された先生から頂いたメールを無断転載しちゃいます。(笑)。

<<経絡経穴講座は今回が初めてでしたが、なるほど東洋医学の身体観、経絡、五行はそういうふうに結びつけ、考えていけばいいのかという示唆に満ちたものでした。具体的なことでいえば、胃経、腎経がなぜ足のあの位置にあるか、チラっとおっしゃってて、それもそう捉えればいいのかと目から鱗が落ちました。 長野先生もそうですが、どれだけ書籍を読み込み、どんだけ考え、どんな経験を積めばあのようなオリジナリティ溢れるものがでてくるのか、いつも驚かされます(たぶん騙されてると、おっしゃるでしょうが)。 自分なりにしか咀嚼はできませんが、東洋的な考え方をもっと持ち、自分なりの東洋医学観を構築していきたいと思いました。人数が多くて次回は来ないで!とおっしゃってましたが、性懲りもなくまた参加します(笑)>>

<<国試1週間前に「寺子屋第1回」でしたが、参加させていただけてよかったです。 狭い難関をくぐり抜けて?参加OKをいただけたこともラッキーでしたし、 国試にビビッて参加を断念してたら、基本的にあの貴重な講義残り3回も受けられないんですよね。絶対に後悔していました。これからもよろしくお願いします! >>  

 こういうメッセージを頂けますと、ワタシとしても嬉しい限りです。3月は16日に上京され、その4日後の木曜日の長野先生の脈診講座へ出席される方も数多くいらっしゃいます。距離を感じさせないその行動力にはいつも敬服いたします。当日はなかなか忙しくてお話しする時間がないのが残念ですね。そろそろ今月の資料作りも始まります(今月も多そう;笑)。「資料代を別に取ってもいい」とおっしゃる先生も居るぐらい、充実してます。また、本屋さんのお勧め図書も仕入れている様子です。お楽しみに~。

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2008年2月26日 (火)

長野先生 脈診講座決定

 3年生の皆さん、国家試験お疲れ様でした! ついに終ってホッとされている頃と思います。そんな皆さんにも朗報な、勉強会のお知らせです。

 お待たせいたしました。長野先生《脈診講座》の詳細が決まりましたので、早速アップさせていただきます。既にお申し込みは受け付け始めております。ご希望の方はお早めにお申し込みくださいませ。

《和方鍼灸友の会》
長野仁先生にしかできない
「脈診を語る」の巻
●一部:座学・脈診の歴史、古典
●二部:脈診を用いた実技公開

長野仁先生(別名シュガイザー、鴻仁先生)に脈診について大いに語っていただきます。脈診修得について盛んに語られていますが、治療に必要な脈診とかけはなれたものが多いのではないでしょうか?
長野先生による脈診講義は今後の勉強に大いに役立つのは間違いありません。日本における脈診の歴史などは、他では聞くことの出来ない内容です。脈診の実用古典『診家樞要』、『瀕湖脈学』、『脈語』などを紹介いただく予定です。
二部構成にして、脈診を用いた実技公開をして頂きます。脈を診ながら治療していくスタイルをご披露願いました。

●日時:2008年3月20日(木・祝日)
●講義:前半 講義  13:15~15:15
    後半 実技    15:30~17:00
●場所:貸教室・貸会議室内海 東京都千代田区三崎町3-6-15 2階
水道橋駅西口改札を左に出る→正面の横断歩道を渡る→2件のパチンコ屋(GOLDON、みとや)の間の道に入る→ルノアールの前の道を左折→右手に会場があります。
http://map.livedoor.com/map/?ZM=12&MAP=E139.45.17.5N35.41.53.8
●参加費:和方鍼灸友の会会員 6000円
     会員以外      7000円
●定員:45名

《お申し込み方法》 
こちら  までメールにてお申し込み下さい。
お名前、ご住所、電話番号、学校名と学年(学生の場合)を明記願います。予約完了の返信をこちらからさせて頂きます(万一、予約者多数の場合は基本的に先着順ですが、熱意の感じられるメールを下さった方、和方鍼灸友の会会員様を優先させて頂きます)。

② FAX(03-6279-5102)でもお受けします。ファックスの場合は返信先の電話番号を明記願います。六然社・担当山本まで。

③ お申し込み完了後、入金締め切り期限:3 月14日(金)までに下記の口座へお振込み願います。
  郵便振替 :口座番号  
  和方鍼灸友の会  00130-5-351212

★★★なお、六然社の本は、 こちらの書店ウェブサイトや こちらのウェブサイトから購入出来ます★★★

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六然選書① 尾張藩医浅井家伝 金匱口訣

六然選書② 鍼灸開業 繁栄の秘訣

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2007年12月31日 (月)

12月23日 本屋さん講座 感想

 前日に引き続いての参加の方が圧倒的に多かったです。今回のテーマは『鍼灸に賭して生きる魂』~「鍼灸師として生きる魂」《by鴻仁先生》パロディ版? 鍼灸にしっかり取り組む前に鍼灸師がハマリやすいヒーリング療法のアレコレ、その傾向と対策!? でした。 参加者からの感想で、毒舌+批判の嵐の根底には「鍼灸頑張ろうよ!」という熱い応援メッセージがど~んと横たわっていた、とありました。単に批判と受け取る人は、鍼灸の事が好きじゃないんだと思いますです。

 《鍼灸師を目指す人が陥りがちな精神病理の例~貴方騙されていませんか?(地球温暖化を一例に)》というプリントが配布されました。 以下、一部抜粋

※ 感染るんです? (強迫神経症的邪気論)  —邪気が移ってそれが嫌なら治療家なんか辞めましょう—

※ 脉が診れなきゃ治療はできないの?(偏執狂的「脈診信仰」等) —技術習得の研鑽を放棄しろと言う意味ではありませんので念の為—

※日本人の大好きな複雑怪奇な「道の思想」  —「なぜ日本ではあっという間に道(信仰)になってしまうのか」—

※弁証論治でマインドコントロール? —なぜ中医学を勉強した人(特に学生~数年間)は(概して)理屈っぽくて鼻息が荒いのでしょうか?—

※ 世界はリアリティであってファンタジーではありません。 —目に見えないものをないがしろにしていいと言うわけではありませんので念の為—

※ 考え方としての「自分探し」は意味のない妄想です。仮想現実への逃避は止めましょう。 —「どうしょうもない自分が歩いている(by種田山頭火)」—

※ 貴方が「いい人」である事と、それが「世の中に対して良い事」であるかどうかは無関係です。

※ 今の自分のダメさ加減を、過去の虎馬や他人様のせいにするのは止めましょう。

※ 事実(現実の患者さん)と伝聞(諸先輩方の生の言葉)と記録(文献や古典)

※ 一時期ブームとなったニューエイジ系のヒーリングや自己啓発や潜在能力開発などが魅力的なのは何故? 貴方がなりたいのは超能力者? ほんとは奇跡が欲しいだけでしょ? 奇跡の追求は不毛です。

※ 宗教を利用するな、舐めるな、修業するなら本気でやれ!

※ 素人受けするヒーリングの落とし穴(不要な用語を破棄しましょう)

※ 現実の生存競争から目を背けているくせに、魂の弱肉強食の中にいませんか?

自分の頭を使って、自ら考え判断することを止めないようにしましょう。自分の意志で、種々の情報を自ら収集し、それを自分の頭で消化し、評価を加え、その結果に基づいて自らの意志で判断し、行動する事が大切です。信念やドグマへの隷属は人生の豊かさを失う事に繋がります。 惑わされ易い怪しい言葉の数々(貴方も使っていませんか?)証明する事が極めて難しい事をあたかも事実であるかのように宣伝するのは如何なものか?

ーーーーーーーーーー以上抜粋でしたーーーーーーーーーー

 項目だけを並べると単に茶化しているだけも見えますが、実際にお話を聞いた方はそうではないことがお分かり頂けたと思います。ダメ出しの連続でありつつも、じゃぁどうしたらいいのか、どう考えていくべきかをそれとなく見せてくれます。「○○になりたくなければ、△△せよ」といったような単純な事ではなく、「○○もこういう面はありなんだけど、基本的にその考え方はまずいでしょ、ただ、☆☆とも、××とも考えられるように持っていけるでしょ」とそれとなく指南。なので、勘の良い方は自分で気付くわけです。「気付き」が訪れっぱなしの人も結構いたみたいです。(イニシエーション的儀式的自己満足的脈診を一刀両断しつつも、ではどうしたら脈診が習得出来るのかの実際例もちゃんと提示していましたね)。本屋さんは「気付いた後、行動を変えてね」と自分に向き合って生きる、情けない自分を包み隠さず見て行け、と言っていたように思います。講演会でよくあるような、美しいお花畑的お話に参加者がぽわ~んとするようなそんな甘ったるい話を本屋さんがするわきゃねえぴー。

 さて、恒例の感想文。今年最後ですから長文です(笑)。プライバシー保護他の為、一部改変引用ですが一応許可は得ています。

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昨日の勉強会は本当に濃かったです。レイキの(批判)話が中心になるのかと思いましたが。いつもより鍼灸師を応援される気持ちがストレートに言葉に表れていたように思いますが違いますでしょうか?  鍼灸学校に入るとき、私は本屋さんの講演のレベルまでは思わないまでも、学校へ入れば近い話をそこここで聞けると思っておりました。人の命、人生に関わる仕事です。当然、入ってくる生徒(あの学校は学生ではなく生徒です!)も、ましてや教える先生もそういう話が通じる人の集まりと思っておりました。なのに話すたびに肩透かしを食らうことの繰り返しで、何かおかしいと4月に思い始め、まずは「ああ、私は団体行動が苦手だから」「クラスは邪魔しない程度に過ごそう」、でも、「先生の中には中身のある先生がいるはず!」とまだ信じていました。

何せ入学前の体験授業で、《教員が全員臨床家》という触れ込みでしたから(臨床家って延べで何人診たのでしょう? 日本語の定義は難しいです)。でも結局、だれ1人として私を満足させる話をしてくださる先生はいませんでした。自分の中に言いようのない絶望が少しずつ積み重なっていきました。 

以前、ブログでゴルゴ36先生が理論を学ぶのにお金に糸目はつけなかったとおっしゃっていたという文を読ませていただいたことがあります。あのゴルゴ36先生がおっしゃるからこそ現実味があるのです。(比べるのは大変失礼とおもいつつ)学校の先生達を見ていて言葉だけ立派に言う人(おそらくブログや本屋さんの文章を読み漁っていると思います。言葉は同じものを使いますから。でもそれで次の展開を期待していますと最後は悲観的な無責任な言葉で終わるのです)もいますが、逆に内容が伴わない分、より、うすっぺらくて心が寒くなります。本屋さんの話は心からうなづけるとともに、「うーん!」とうならせられます。自分に突きつけられる問題提起の言葉、それだけの覚悟があるのか、それだけのことをやっていけるのか、現実やっているのか。そこまで考えているのか。 また自分が心の中でずっと思っていたことが的確な言葉で語られた、と思うこともあります。

診断力を上げるのは大切だが安易な方法に頼るな(これが経絡治療の呪縛にかかっている人たちの解放の言葉なのですが、マニュアル世代の人たちには受け入れられないかもしれません。受け入れたら自分で探さなくてはならないのですから)。何かを(苦行)を否定する前に実践実行してみろ(これは気をつけないといけないと思いました。例えば脈診なら実際やってどの程度のあやふやさか、わざと違う経穴に刺鍼してどうなるか全く体験していません。あやふやというのは本屋さんの経験であって私の経験ではありません。批判する前に、批判するならやってみなくてはならないと思いました)。生きている患者さんに対して○○○(勿体無いので書かない事にします)この言葉を入学以来、どれほど聞きたかったことか!!これを聞きたかったのに誰も話す人はいませんでした。でも今となってはあの薄っぺらい先生たちから聞かなくてよかったと思っています。ありがとうございます。) 自分を信じていけるか。自分を信じる為に勉強が必要(同上です!!)こんなに色々聞かせていただいてしまっていいのかな? と思いましたが、思い出しました。「歳末大サービス」でしたね(笑)。

最後のまとめの文章は、(失礼と存じますが)ここまで丁寧に書いてあげなくてもいいのではないかと思うほどの言葉でした。私が聞きたいと思っておりました本当の(形だけでない)言葉を聞かせていただきましてありがとうございました。ただ、自分が感じていること、わかったと思うことは本屋さんが本当におっしゃりたいことと全然違うのではないかとふと考えます。もっと深く遠くを見られているようで、本当はもっと大切なことをおっしゃっていたのに、それをつかみ損なっているような。濃くて楽しかった、自分に向けられているようでドキッとした、その通りとうなづきっぱなし・・・・本当にそうでしょうか?それだけではないのでは? 言葉の表面だけが一緒ではないか? 本屋さんは、きっと表現者として自分の口から離れた時から、それを聴衆がどう理解しようと構わないと思われているのでしょう。 TAOへの「もう終わった仕事だから」というスタンスから見てそう推察いたします。そして聴衆がふと不安になることまで計算されているのでしょうか?

(身体作りだけど座学編は、知っていていらした勘のいい方もいらっしゃいましたが、唯掌論に基づくエクササイズが中心でした)唯掌論は他の方々から続々と感想がよせられることと思いますので、遠慮させていただきます。どこまで動くようになるかわかりませんが、せめて今時点からの後退は避けたいと思っております。先日(身体の敏感さのお話のときです)、ツボの取り方を見せていただき、実技の捻鍼時にクラスの人にしてみたところ、「ツボの取り 方がすごい気持ち良いね! 私もそうしなきゃ」と言われました。実は全く出来ていないのですが、それでも感激していました。多くの人を触り身につけて行きたいと思っております。話があちこち飛び、どこが感想かわかりづらく申し訳ありません。とても濃い一日でした。

鍼灸の分野はまだまだ入ったばかりでわかりませんが、本当はきっかけが必要なのに、現実にはきっかけとなるものがとても少ない世界のように感じます。学ばなくてはならないものが多くて深く、何を学んだらよいか、どう学んだらよいか学校にいるだけではまったく見えてきません。和方に入ったからこそ、本屋さんに教えて頂いたからこそ、色々体験し広く深く学ばなくてはならないことを教えていただきましたが、そうでなければ迷子になるか諦めてしまったと思います。

ー=======================ー

以上。学生さんからの感想でした。その他、本屋さんは「波動の嘘」とか、各種インチキヒーリングのネタ晴らしとかいろいろやりたかったみたいですが、時間が足りませんでしたね。 そうそう、本屋さん「あーっ!言い忘れちゃったあ」、と言っていた事があります。以下、講座に参加された方限定のメッセージ。 

本屋さんが配った資料の最後のページに患者さんからのメッセージが添付されていたと思います。あれを資料にしたのは、「患者さんが来なくなるようにするのが治療家の仕事!(だけど患者さんにとっての保険にはなってあげられる実力は必要)」 「今回、怪しげなヒーリング系を延々と否定したけれども、実際にそういうスピリッチュアルな領域にこだわる患者さんともちゃんと付き合っていく必要があるわけで、でも、その上で(そういう患者さんは依存しがちだからなおさら)患者さんから依存されちゃダメ!」ということを言いたくて、あの資料を添付したとの事でした。私は当該患者さんとの実際のやり取りを見聞きしていますが、患者さんとの距離の取り方が絶妙でした。 何も聞いていないのに患者さんがいろいろ話し始める事が多いのは何故なのか……謎です。

 で、後半。「鍼灸師の為の身体作り…だけど座学編」 ワタシが集めてしまった人数の多すぎる事に文句を言いつつ始まりました。 文句をいう本屋さんの気持ちも分かるんですよね。動作を伴う事はどうしても全員見ていかないといけないし、同じ動作を続けている間、ずっとみんなの間を歩いて見ていくわけです。確かに人数少ない方が、一人にかける時間もとれるし、密な指導ができます。だけどだけどですね、滅多に開催する機会がないわけですし、興味のある方にはご紹介したいんですよね《唯掌論》にしても身体作りにしても。こんなに良い物が世の中にあるのに、知らないで過ごすのは勿体無いでしょ。えらそうで学生をけむに巻くおえらい先生について無駄に時間を失っている人の少なくないのを私も見てきました。労力の短縮ができるすごいノウハウですよ。

 ああ、そうそう、先ほどの感想文にもありましたが、最近某鍼灸学校の先生様にもこのブログをご愛読いただいている模様です。ワタシもその先生方は存じておりますので、大体どんなことをおっしゃっているのかは想像は付きますぽん。資格をとってすぐ鍼灸学校の専任教員になるような先生は社会で揉まれた経験も少なく、開業の苦労も通ってきているわけじゃないので、出てくる言葉は薄っぺらいでしょう。「ベット3台入れて1000万稼げる!」と話す専任の先生が居るそうです。「じゃ、やれば」って突っ込んで欲しかった(笑)。教員よりも稼げるはずですけどね~。社会経験のある学生にとってこの言葉の薄っぺらさは、本当にがっかりしたことでしょう。呆れて言葉も出なかったに違いません。「500万も学費払って聞ける話がこそれかよ」、みたいな。 本屋さんも笑っていってまぴた「それってたまに電話で勧誘してくる先物とか株とかの勧誘と大差ないじゃん?」……もっと寒いのはそれを聞いてほんとに「年収一千万」安易に夢見る学生さん。いいんですよ夢見るのは、でもその前に現実を知ってるの?

ワタシは先生個人の人間性を否定するつもりはありません。学生時代は色々とお話もしてもらいましたし、感謝している事も沢山あります。でもですね、講師であっても、教育者ではないんですよ。お金を貰ってそのコマを受け持っているだけで「鍼灸師を育てる」という仕事はしていない。「資格が取れるお手伝い」とキャッチコピーを変えた方がいいんじゃないでしょうかねぇ。「臨床家を育てる」というのは「プロ」を育てるという事であって、そういう心持ちを伝えてなんぼなのに(実際込み入った質問をすると「資格を取ってからそういう事は考えればいいから」っていう逃げ口上が待ってます)。片手挿管が早く出来る、お灸が沢山ひねられる、といったことはやっていればできる事だから、二の次で良いんですよ。それよりも、鍼灸師としての核になるような「種」を蒔いておけば、卒業後勝手に育ちますよ、自分で。そういえば、本屋さんは「一分間に何壮!」とか全く言いません(私の一分間に40越えたのをちゃかして言うことはありまぷが……)。でも本屋さんのお灸を受けた事がある人だけが知っている世界を持ってます。……鴻仁先生も同様、鴻仁先生にしか展開出来ない世界観をもってます。 

 で、どこへ行っても批判的だと思われているニコイチと言えば、「他の人は関係ない、勝手にして」と口で言いつつ、鍼灸に賭ける熱意が周りの人を変えて行きます。 和方鍼灸友の会や六然社の講座に参加された人は「今の自分じゃいけない」と焦りを感じる事が多いみたい……。凄い物を見せつけられた後には、自分と比べて色んな事を考えるわけです。世間に出れば同じ《鍼灸師》という肩書きだけど、「自分はこのままでいいのか、患者さんに対して申し訳なくないか、もっとやらなきゃいけない事が沢山ある」ナドナド。そうやって、人々は勝手に育っていくんです。

 先日、本屋さんが尊敬してやまない方とお話しする機会がありました。その方はモノを教えることを仕事にされているのですが、どの分野にも通ずる教育論をお話くださいました。今年最後のプレゼント、とも言える言葉の連続でしたが「できないうちからこそ、とにかく一番良いものに触れておいた方が良い」とおっしゃっていました。現在の鍼灸業界を見回して、こんなにも良いものに触れることができる環境にあるのは、このワタシなんじゃないかと今年一年(池田政一先生、新城三六先生、横山瑞生先生、前田久仁子先生、井手紀公生先生、大浦慈観先生……)を振り返って思った次第です。「人にはお役目がある」とばーば先生がおっしゃっていました。この言葉を良い様に解釈し、より多くの方へ本質をお届けするために、ワタシは来年も勉強会を企画してまいります(既に大分お申し込みを頂いておりますが、2月から第三日曜日の本屋さんの寺子屋講座再開です)! 「勝手にするな」と本屋さんから文句が飛んできそうですが(笑)。

 さて、これが今年最後のブログでございます。今年一年、勝手な事を綴ってまいりましたが、ご愛読いただきまして感謝申し上げます。来年は多賀大社フォーラムがラストですね。和方鍼灸友の会も解散だそうでございます。終わりを迎えるとまた新しい事がそこから始まります。今後の和方鍼灸友の会にもご注目下さいませ(注目しなくていい;笑、とニコイチは言いそうです)。それでは、皆さま良いお年を!!

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2007年12月29日 (土)

12月22日 鴻仁先生講義感想

 歳末特別講演の初日、鴻仁先生こと長野仁先生の講義がございました。またも全国からご参加頂いた皆さん、来た甲斐があったでしょ(笑)。今回のテーマは『東洋医学と心の問題』。さて、どう切り口を持っていかれるのかと楽しみにしておりました。

 東洋思想では、《身心》、つまり身体に重きが置かれており、これが現実だとまず説明。望診にしたって、観相、手相、これらに共通しているのは「身体を観ている」という点。そして、《心身》、これは理想を言うのだそうです。「武士は食わねど高楊枝」というのは、食わないのが現実で、それでも高楊枝をくわえている見栄という心の状態でしょと。

 この説明を聞いて、ハっとしましたワタシ。この秋に吉野のお寺で断食しながら修行の真似事みたいなことを体験して以来、「身体を使った行の意味」をちょっぴり考えていたのです。身体を使う修行(荒行)を実際にされた僧侶の手記なんかを読んでみますと、ある種のパワー(超能力と言えますかね)は、身体を酷使の上に更に酷使した所では案外誰にでも現れる再現性があるんだそうです。「誰にでも」です。例えばチベットの山奥、空気の少ないところで、10往復も数10㎏の水汲みをするとか、不眠不臥で飲まず食わずもその一環だそうでした。「誰にでも」なので、ワタシもやればその仲間になれる可能性が大なのですが、そんな過酷なことやれないと諦めてしまう所が凡人のまま生涯を終えるであろう由縁です。一見無茶苦茶に思える行にも意味があるそうなんです。「やれないよ」と思ったりするのが人間だけど、死にそうなくらいになってやり終えた時に手にしているものがちゃんとある、と書いてありました。ここでポイントなのは「頭で考えても得られないけど、身体を使えば得られる」と言う点です。過酷な状況を身体に作り、それを通った人間だけに現れる特殊な能力。これは、《選ばれた者(誰に?;笑)》的なものではなく、とにかく、誰でも、そこまでやれさえすれば得られるものなんだそうです。次の日の本屋さんの講義でも、長野先生のテーマを受け、こういった話題が出ていました。本屋さんの紹介した資料にあった、湯浅泰雄先生、竹内敏春先生、そして十万枚大護摩供をやりきった僧侶に密着していた藤田庄市氏のルポ等を読むとさらに納得できます。

 一方、今流行のスピリチュアル系はこんなしんどい事をせず、「貴方が考え方を変えれば、新しい自分と出会え、更に他者を思いる心があるなら癒しのパワーを与えましょう」といっているような気がしてます。その過程では身体を使う事はなく、ありがちなのは心がしんどい、心じゃなくて頭かも知れませんが、要は頭を使ってグチャグチャと考える事を促します。「今現在の不幸(悩み)は過去の何に起因するのか」を、ドンドン掘り下げていく過程などは《気付き》を促す為には必要とされていますが、《気付いた》ところで解決法を得たわけじゃないので、行動に変化を起こせないから意外と失敗するんですって、本屋さん曰く。 散々時間を費やして出来てきた事は、単に自分に都合の良い言い訳を作り上げただけだったとか。そして、椅子に座って、たまには寝転んでだって、悶々と考えていることが《魂のステップアップ》的な考えに繋がることだってあるわけです(ホントか?)。ロールプレイゲームのようですね。彼らが出会う「新しい自分」。これは単に妄想ではないでしょうか。ワタシ的にはここにどうも「言葉遊び」的な《思い込み》があるんじゃないかと思えるわけです。

 リアリティは身体にあるんだということをここ1、2年でひたひたと観じます。本屋さんがいつも言いますね「肉体離れて伝統なし!」……。長野先生も東洋医学では「身体」がメインだ、と明言されていました。現代社会における諸問題の数々、実は身体を動かさなくなったことが根っこにあるんじゃないかと思えるものばかりです。例えば環境ホルモンのせいにされている精子の数、動きの低下なんてのも、本屋さんに言わせれば「身体を使わなくなっただけ。自分が運動しないのに自分が作るもんが動くわけないじゃん(笑)」と。実際に不妊治療を受けていた友人のご主人も相当低い数値だったそうですが、バスを使わずに歩くようにしただけでグンと増えたとか。キレやすい若者にしたって、身体をへとへとになるほど使わないから、余剰に溜まってしまったエネルギーが爆発してしまうんじゃないかなぁ。後は、食べ物の関係も深いですね。動と食が身体に及ぼす影響ってものすごい事です。

 身体の限界を追求する事の意味、つまり死ぬほどの修行が行われてきた必要性、それを通してしか得られないものがあるからこそ、今尚、そのテのものってなくならないんですね。思い込みヒーリング療法に安易に走る前に、そういう世界がちゃんとあることを知っておくべきだと次の日本屋さんは声を大きくしておっしゃっていました(実際に何種類かやったことがある模様)。「みんな結局奇跡が欲しいんだよ」と本屋さんは常々おっしゃっています。安易なヒーリング療法にはまりやすい方を見ていると、自分を特別視する感情がベースにあるように思えてなりません。そんでもって、長野先生は「僕は技術者ですから」と自分のことをおっしゃいます。「僕の手で作った動き、震動が患者さんの身体に作用を起こしているんですよ」と先日見学させてもらった時に患者さんに説明されていました。「技術者」発言にワタシはピクっとなってしまいました。ナント潔い。治療家と奢ることなく、技術者。「鍼を打つ」、のは技術者だ~と妙に納得しました。(本屋さんは「職人」っていいまぷ…)

 余談ですが、吉野のお寺で指導に当たられていた僧侶の治療をする機会がありまして、その際お腹に触ってびっくりしました。思わず手を引っ込めてしまいましたです。「僕ね、以前飲まず食わずで7日間の行をやってから、お腹の肉が無くなっちゃったんです」と笑っておっしゃるんですが、その皮膚の下の状態は一般人では触った事のない感覚でした。「水も飲まない塩もないなんて、まずいですよ」と思わず口走って後悔しましたが、死ぬほどの(死ぬ場合もある)修行ってやっぱり身体に悪いじゃないか、とワタシ的には思ったわけです(笑)。

 さて、配られた資料にはクリスマスにちなんで、五行のクリスマスツリーの図がありました。以前、色体ちゃんで説明してくださった時よりもより簡素化した図です。この図だけを見てもサッパリ分からないのですが、先生の説明を聞くとその図が生きてくるんですねぇ。簡素化したものって、実は色んな発展形をその上に乗せられるんですね。ああも説明できるし、こうも説明できるといった、東洋医学の複雑さを説明するのにはぴったり。東洋医学を熟知されている鴻仁先生からアウトプットされた図ですもの、当たり前か。

 先生は、色体表を「一覧にして覚えやすくした、圧縮データー」と説明されました。「だから、そのまま使おうとしても無茶なの、解凍しなきゃね。言葉と言葉のつながりが説明されていないんだから」と。例えば、肝=怒=イライラ。この=の部分、言葉の接着剤を今回の講義では沢山お話になっていました。あ、因みに「色体」というのは健康体を指すんだそうです。で、反対語は「爛体(ただれたからだ)」って言うんですって。初めて語源を知りました、っていうか、「色体」という言葉を鵜呑みに使う事に何の疑問も持っていませんでした。いつも気付かされますが、思考停止ばかりのワタシの脳みそ・・・。『五臓六腑変化傍通訣』に載っているんだそうです。

 《色体経象学による「こころ」の解説》と題したプリントが配られました。「怒・思・喜・驚・恐・悲・憂、魂・意・神・志・魄、神、血・営・気、精、骨髓・筋膜・肌肉・血脈・皮毛」といった漢字が並んだ一枚のプリント。これらの漢字を使って先生がホワイトボードに書いていく図形を一生懸命写していましたが、最後の方になって後ろからツンツンしてくる本屋さんに「プリントに書き込めば、こうなるでしょ」と指摘され、びっくり。ワタシには単なる漢字の羅列に見えていたのですが、そこには意味ある配列と線が隠されていたのです! って気づいていた人も多かったみたい・・・。この見えない壁がワタシの限界?!とがっかりもしました(笑)。

 時系列、人間が生まれてから死ぬまでの流れで、どの蔵気のどの感情がどう変化していくか、といった流れで説明されます。レベル3氏は敬服した様子で「よくまぁ、あんだけ説明できますなぁ」と終わった後に先生にお話されていました。ワタシもそう思います。参加していた森ノ宮の学生に聞いた所、「授業では今日話された個々について、もっと時間をかけて説明されています」とのことでした。森ノ宮の学生さんが羨ましい!

 「神」には広義と狭義の意味があって、同じ漢字が指し示す事を「どっちかな」と区別しなければいけない、と教えてもらいました。内気がこころで、外形が身体。そういうカテゴリーでさっきの漢字を見ていくと、また見えてくる世界があります。

 こころが成長する順番と身体が成長する順番は、五行(木火土金水)の並びが違ってきます。幼、少、青、壮、老と進む中で木火土金水のどこから成熟し始めるか。これは出席した人にだけのお土産ですので、書けません(笑)。そして身体の方も然り。「積極性」、「開放性」、「論理性」、「感受性」、「芸術性」、「反応性」、「耐久性」といった分類も身体の方にはありました。これらを早く本にして頂きたいものです。そうすれば学校教育の導入部分が変わるはずです。唯掌論もそうですが、学校に入ってすぐにやるべきことが長野先生のノウハウにあるのです。それが普及する日が来る事をワタシは信じています! ま、普及しなければ今みたいに自分で普及活動を続けるまでです(笑)。

 講義終了後、長野先生は神保町の古本街に行くために颯爽と会場を後にしました。広尾で行われる曲直瀬道三生誕500年祭に直接行くのかと思っていたら、「僕はお昼はいいですから、その分、一時間で本屋巡りをします」と(笑)。先生らしいですね。講演会参加者の15名ほどが一緒に記念祭に参加しました。先生にくっついてきた人数の多さに、主宰者の方からは「すごい動員力だね。しかもこんな全国各地から来てもらうなんて」と、とても喜んでくださっていました。

 というわけで、土曜日長野講座が終了。次の日曜日寄金講座へ続きます。この日の夜に実は、《ニコイチ治療での競演》と題して書きたいものがあるんですが・・・。すごく贅沢な治療でしたよ。仰向けが鴻仁先生、うつ伏せが本屋さん。終わって起き上がった患者さんの顔が一回り以上もスッキリしていました。

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杉山真伝流臨床指南

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大師流小児鍼

日本腹診の源流

皆伝/入江流鍼術

六然選書① 尾張藩医浅井家伝 金匱口訣

六然選書② 鍼灸開業 繁栄の秘訣

古伝大東流闡明

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2007年12月25日 (火)

12月9日感想②

 歳末特別講義が終わったばっかりですが、12月9日の午前中の感想に引き続き、午後のレポートをせねばなりません。午後は発売になったばかりの『杉山真伝流臨床指南』の発売記念講演でございました。著者の大浦慈観先生と、この本が世に出る筋道を立てた本屋さんのお二人による誕生秘話満載の内容でした。

 午前のばーば佐智子先生が温めまくった(笑)熱気を引きずって、座席はびっちり満杯。45分という短い時間ながら、本屋さんの超濃縮講義は始まりました。いつもの事ですが、用意していた資料の多い事多い事。大体コピーは前日にやる事が多いのですが(なんてったて直前力!)、今回はもう少し前から色々と用意するぐらい伝えたい事があった模様。しかも、いつもは「家で読んでください」と「せっかく準備した資料を潔く捨てる(by正木先生評)」のがモットーなのに、今回はほぼ全部をざっと解説!(実は一つだけ解説しなかった資料があったのに、参加者の皆さんはお気付きでしたか? 帝国鍼灸医報社の『鍼灸諸名家秘伝公開集』……「僕は聞いたんだけどなあ…返事誰からも無かったし……きっと皆知ってたんだろう」「沈黙はイエスの合図なり」(イスラムの諺だそうです)と言って、反応が無い場合はスルーされることがままございます)。

 まず、『鍼灸OSAKA』86に本屋さんが寄稿した文章に、編集段階での大幅なミスがあったのを受け、紆余曲折を経て出来上がった立派な訂正版(別刷)を皆さんに配布。それとセットで、『鍼灸OSAKA』87 横山浩之先生の <編集者への手紙 ~寄金氏「技術の伝承とは」への疑問> にも言及。文中の本屋さんのミスを指摘する内容を「よくぞ書いてくれた」と大絶賛! 「横山先生でなければ語れない事がものすごく沢山ある。鍼灸業界は先代、まして先々代の業績を継承する視点に欠けた、さも自分が発見したかのような輩ばかりがはびこっている。その声が大きく目立つため、学生や後進にとっては悪害この上ない。しかも、それが害だとなかなか気付かれない現状がずっと続いている。だからこそ膨大な読書量を通して、鍼灸業界の隠れた歴史をご存知の横山先生にもっと出てきて欲しい!」「絶対彼はもっと書くべきだ!」「少なくともこれで『鍼灸OSAKA』の読者には、杉山真伝流と杉山流って違うんだ、ということと、片手挿管って明治に生まれたんだ、とか横山先生って凄いんだ、って事は記憶に残るはず(だから今後この手の話や教科書を書く時には必ず彼は外せないって事になるはず)」といった本屋さんのメッセージが込められた話でした。

その他ココでは書けない(笑)、鍼灸界裏事情もいろいろと。でも、まあ「結論から申し上げますと」…本屋さんが一番言いたいのは「誰がどうした」って事ではなくて、鍼灸をやるには「鍼灸師の器(肉体)が大切なんじゃないの?」って事なんだろうと思います。

  あと、一部の人がもっと聞きたがった事は、「陰陽論と五行論が出所が別だから、思想的には別な体系でって教科書や某学会のテキストにも書いてあるようですが、別だから別に考えるっていうのは、頭と実際が一致しないし、思考停止に陥りやすく、せっかくあるものが役に立たないんで勿体ない。こういう風に考えると五行の中に陰陽があり、陰陽の中に五行があり、それが天地人の三才や、気血水弁証や臓腑経絡弁証ともこのように繋がります」って黒板にざっと殴り書きしながら説明した部分。

 私も以前これを聞いた時は、あ、臓腑経絡弁証とか難しく四字熟語を覚えなくてもこう考えれば、血がらみはココがポイント、とか分かるじゃん、ああ東洋医学概論ってこんなにシンプルだったんだあ~、と目からうろこがホロホロと落ちた記憶がございます。つまりは勉強の着眼点を教えてくれるんですね。……ああ、この辺りのお話は、2月から再開する「本屋さんの寺子屋講座(経絡経穴再び/他)」にて詳しくして頂く予定でございます。

でもですね、本屋さんが「日本の鍼灸をダメにした代表的人物、柳谷素霊!」っていうと結構センセーショナルに聞こえますけど、大浦先生だって、「17手技が教科書に載ってますけど、何故17手技という形であれらが載っているかと言うと、柳谷素霊が真伝流の手技を、そうとうデタラメな形で教科書の原形になったようなものに書いてしまったからなんですね」(つまり柳谷先生もその後の先生達も、だあれも真伝流なんか知らなかったまま来ちゃったから、鍼灸手技を教える先生方が、検討も検証もしなかった、出来なかったって事! 酷いなあ、鍼灸学校って何をやってきたのかなあ……って結局お二人とも同じ事言ってるやん! うーん、なんで同じ事なのにあんなに印象が違うんだろう? 本屋さん損してまぷ。(本人は面白がってまぷ)   

 さて、懇親会での恒例の挨拶もユニークなものが多かったです。これは初めて聞いたのですが、大浦先生が、数年前(まだ『皆伝・入江流鍼術』発行前のことだそうです)始めて本屋さんと会った時に「鍼灸界では当時まったくの無名の僕と(真伝流を本にすることを)約束をしてくれた。…中略…それが実現できて、ほんとに感謝しています」との感動秘話がありました。さすが、人を名声だとか肩書きだとか持ち物とかで判断しない本屋さん(当たり前っていえばそうなんですが、これが出来ない人って多いですよね、「結局自分に見る目がないから他人の評価を信じてしまうんだ」って本屋さんはよく言ってまぷ)。大浦先生が杉山真伝流を研究し始めた頃、研究内容が詰まったPCを背負ってバイクに乗って通勤されていた当時を振り返って「今、僕が事故にあったら杉山真伝流がまた消えてしまう」と、緊張して運転していたと講義の冒頭でもお話されていました。そういった想いが詰まったものが『杉山真伝流臨床指南』へと発展したわけです。こういう裏話を直接聞けると、ジ~ンとするものがありますね。「先生と同じ時代に鍼灸師になって良かった!」と思った方も多かったのでは。本屋さんが目をつける(笑)先生方は、鍼灸界にとって本当に価値のあることをされているなぁと、いつも思います。それを世に出してくれるのが六然社という媒体なのだ、と今回も思った講演会でございました。

 大浦先生の講義内容について、とっても分かりやすい感想文を頂いたので、それを無断掲載(いつもごめんね~)させていただきます。↓

 以下引用でーす=========================

 おつかれさまです。先日は、大浦先生の出版記念講座に参加させていただきありがとうございました。懇親会では、直に大浦先生に質問する機会もあり、(ていうかずうずうしくお席まで押し掛けたのですが)とても勉強になりました。

 質問したのは、本に記載のある「大熱の補法」のことや、p132の図のこと、あとはデモで拝見した先生の押し手の示指の微妙な動きについて、などなど。 先生は「ねばっこいのを周辺部に広げていくというか」とか、「邪気は上にいく性質があるんだよ」とか、(ここでの邪気という言葉は、鍼灸学生が使いたがるいわゆる「邪気」とは異なるモノだと思ってます)。「(指で刺しめしながら)女性の場合、こういうルートをたどることが多いんです。それで右なんでしょう」とか。とても具体的にわかりやすく説明してくださいました。感謝です。

私にとって今年の鍼灸本ナンバーワンがこの『杉山真伝流臨床指南』だったのです。 証立しました。配穴しました。鍼を刺しました。で、どうすんの?? 手技はどうすんの?なにをどうすればどう変化するの?そういうことが具体的に書いてある本だと思います。「術」がテーマだったわけです。 ○年前のちょうど今頃、鍼灸学校の卒業試験のことを思い出しました。実技試験で生徒に出したお題が、十七手技でしたよね。 たしかに教科書で17手技の記載はあるし、授業で(いちおう)十七手技のデモをやってくれた。こういう手技なんだよ、と。でもでも、じゃあさ、どういう時にどういう場所にこれらの「術」を使えばいいのか。あるいは、これらの「術」を使うとなにがどう変化するのか。それについては、先生からは一言も話していただいた記憶がない(涙)。

  『杉山真伝流臨床指南』○年越しでひとつの答えを見つけたような気がしています。でもこれからが追試。自分で「術」をやっていかなきゃなんですよね。 たしか本屋さんが、散鍼の時にこんなことを言ってたように覚えてい ます。ひとつの「術」を身につけたら、1000回追試してはじめてお金の取れる「術」になる。本を読んだ、で終わりじゃしょうがないし鍼灸はあくまで肉体表現だと思うので、自分で汗をかきかき「術」を試していこうと思います。 長々とすみません。あの素晴らしい本を出版して私たちに届けてくれた本屋さんと著した大浦先生に大感謝しつつメールを終わりたいと思います。(この本の出版は鍼灸界にとって、ホントにエポックなことだと思うんだけど) 。

  ・・・先日の講演は内容が濃すぎてボディブローのように、後になってからじわじわカラダに効いてくるので、今頃になって言葉がポロポロこぼれてきます。感想が言い足りなかった、と思いふたたびメールしてしまいまぴた。 ここからは、ちと不思議な話めいているかもとエキュスキューズを入れておいて。

  懇親会のとき質問しに、大浦先生のお席まで行ったときのこと。説明しながら、先生の指が右季肋部をかすめたのです。うぁあ!この感じ。そういえば昔、I原先生にタッチされた時の感覚に似ているんだが、似て非なるものなんだが、似てるかも。あの時も、うぁあ!と思ったもの。でも非なるもの。でも大浦先生のものは大浦先生のもの。まあ、何が言いたいかというと、指が手がスゴかったということ。それで鍼で「術」でしょ。すごいに決まっているわ。

 それで話は『鍼灸Osaka』の本屋さんの寄稿に飛びます。教科書の鍼術の定義についてふれた文章。 本屋さん曰く、「『技』というものは、人が人へ掛けるものだし、人が人へ伝えるものだ。(中略)人の身体で人の身体へ、という原点に立ち返るべきであろう。」 つまり、大浦先生は、大浦先生の指で、手で、身体で「術」を掛けているという至極当たり前のことが、私はそのときにわかったのです。自分に返って考えてみれば、私は私の身体で「術」を掛けて治療をするのだ、ということ。「術」の検証は本に記してあるし、具体的な手技の仕方も丁寧に説明されている。が、鍼を持つ手はおのれの手でしかない。 ここにいつも行き着くのだなぁ、六然社主催の講習会は…。 房中合宿、多賀フォー、『鍼灸Osaka』、大浦先生の講習会。いつもより、今年は「術」というものを意識させてくれた年になりました。本屋さん、アンジェラさんに感謝を込めて。よいお年を!(ってまだ12/22、23とあるんですよね)

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2007年12月18日 (火)

12月9日感想

もう一週間が経ってしまいました。先週の日曜日のご報告が遅れてしまって申し訳有馬記念。今回の講演会ときたら、またも、大変素晴らしい内容でしたよ。参加できなかった方のために(羨ましがらせる為に;笑)詳細を書きましょう。

 午前中は、ばーば佐智子先生の講座。タイトルは「今年も有難うございました・感謝際in東京 ~僭越ながら多賀フォー前座漫談を再演~ 《絵で見る病気治し入門》、《虹彩と歯形の共通点》」。2時間と感じさせない、中だるみを作らない、常に聴衆を惹き付ける話術のすごさときたら。天下一品ですね、本当に。ご本人は「大阪のオバちゃん」とおっしゃるけど、大阪のオバちゃん全員がこんな話術を持っているわけではない。本屋さんが「究極の自己防衛は、戦闘能力が強くなる事ではなくて、コミュニケーション